旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。


読書

角田光代『方舟を燃やす』感想

ある個人の目から見た生活史のような小説だった。昭和~平成が中心なので、起こる出来事すべてに私自身の当事者意識がありリアリティがあり、自分がこの身で知っている歴史を俯瞰する読書体験だった。

子育ての尊さに胸がいっぱいになる。滝口悠生『たのしい保育園』

とても素晴らしい小説だった。いまここに普通にある日常を徹底的に冷静な目で見つめて、これでもかという細かく正確なディテールで描写する筆致に圧倒された。小説家ってすごい、というか滝口さんの観察眼と筆力がすさまじい。 文筆業の父親が3歳の子ども「…

金原ひとみ『ハジケテマザレ』感想

コロナで派遣切りにあった「私」は食いつなぐためにイタリアンレストラン「フェスティヴィタ」に辿りつく。ベテランのマナルイコンビ、超コミュニカティブでパーリ―ピーポーのヤクモ、大概の欠点ならチャラになるくらいかわいいメイちゃん、カレーとDJに目覚…

恋と友情と裏切りと信頼と。濃厚ファンタジー小説『フォース・ウィング』の感想

竜の騎手たちが魔法の力で国防を担う国ナヴァール。二十歳のヴァイオレットは、軍の司令官である母親の命令でバスギアス軍事大学に入学して騎手を目指すことに、そこで出会った第四騎竜団(フォース・ウィング)の団長ゼイデンに、ヴァイオレットは強く惹か…

佐藤正午『鳩の撃退法』感想

直木賞作家ではあるがぱっとせず、とある地方都市で送迎ドライバーをしている津田。親しくしていた古書店主の形見の鞄を受け取ったところ、中には数冊の絵本と古本のピーターパン、それに三千枚を超える一万円札が詰め込まれていた。 ところが、行きつけの理…

『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』感想。 重厚な言語ファンタジーであり、歴史改変SFであり、壮大なイギリス偽史

R・F・クァン 『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』上下を読んだ。上下巻あわせて800ページ以上。持ち歩くバッグがずっしりしてた。 時は19世紀、魔法が存在するイギリスが舞台。杖や呪文ではなく、この世界における魔法の原動力は『翻訳』。異なる言…

村山 由佳『PRIZE ープライズー』 感想

「どうしても、直木賞が欲しい」 作家・天羽カインは憤怒の炎に燃えていた。本を出せばベストセラー、映像化作品多数、本屋大賞にも輝いた。それなのに、直木賞が獲れない。文壇から正当に評価されない。私の、何が駄目なの? 展開のおもしろさとスピード感…

書店で「なんとなく本を買う」ことが苦手になってた

仕事が終わって送別会の開始まで2時間半という空き時間。予定では、図書館で本を借りてからスタバに行ってじっくり読むつもりだったのだが、貸出カードを家に忘れてくるという痛恨のミス。貸出をせず図書館で読めばいいんだけど、すでにもうカフェモカを飲…

松家仁之『火山のふもとで』感想。文章を味わい、余韻に浸る。

「夏の家」では、先生がいちばんの早起きだった――。物語は、1982年、浅間山のふもとの山荘で始まる。「ぼく」が入所した村井設計事務所は、夏のあいだだけ、軽井沢の別荘地に事務所機能を移転するのが慣わしだった。所長は質実で美しい建物を生みだしつづけ…

角幡唯介『地図なき山 日高山脈49日漂泊行』感想

地図がない――それだけで日高の山は「極夜」を超える「魔境」と化した。 グルメサイトや地図アプリの検索結果をなぞるだけの日常で生は満たされるのか。情報に覆われた現代社会に疑問を抱いた著者は、文明の衣を脱ぎ捨て大地と向き合うために、地図を持たずに…

拡大、成長、発展から逃れたい主人公の行く先は。朝井リョウ『生殖記』

各所で話題の書を読んだ。 多様性を認めようとか個々のあり方をそのまま受け入れようとか、その「認める」「受け入れる」主体は一体なぜ上からなのよ?という、いわゆるマジョリティー側からの怒りとかやってられなさをひしひしと語る小説だった。自分たちを…

ハリー・ポッター読み直しに明け暮れている

前回ブログを書いてから10日経った。これだけ間があくのはたぶん数年ぶり。体調不良だったわけでも書くことがなかったわけでもなく、持てる時間のほぼすべてを最優先で読書に費やしていたのが理由である。 というのも、ハリー・ポッターに絶賛ハマり中だから…

しんどさも含めて人生を肯定してみたくなる。金原ひとみ『ナチュラルボーンチキン』感想

なんといっても文章がうますぎる~!あふれるような流れるような怒涛のうねり、スピード感、リズムが本当に気持ちいい。言葉選びのセンスが良すぎてニヤニヤがとまらない。

乗代雄介『それは誠』感想

またいいものを読んだ。乗代雄介にはずれなし。 高校生の、修学旅行のある1日の冒険物語。その日を思い出して主人公本人が記録を書き残しているという体裁。自分が見たものや感じたことを、非常に意識的に自覚的に文章にしているという立場がはっきりとした…

柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』感想

タイトルがいい。怒ってる怒ってる。内容も文章も、世間にはびこる偏見とか面倒な奴らへの怒りと毒に満ちていておもしろく読んだ。

斜線堂有紀『君の地球が平らになりますように』感想

トゲだらけで地獄のような恋愛ばかりをつづった短編集。ふわふわ甘くてキュンとするような恋バナは出てこない。 「好き」の気持ちがあまりにも強くてまっすぐだと、こんなにも歪んで痛々しくさえ見えるのね…。どの物語も壮絶だし病みがち。なのに読み口や読…

スティーブン・キング『ビリー・サマーズ』感想

スティーブン・キング『ビリー・サマーズ』を読んだ。引退を決めた敏腕スナイパーの殺し屋ビリーが、最後の仕事を依頼され決行の日を待つ。正体を隠すため作家になりすますうち、本当に小説を書き始めてしまい…。

『受験生は謎解きに向かない』感想。自由研究シリーズにつながる、闇落ち前の物語。

去年の夏に激烈にはまっていたミステリー小説 『自由研究には向かない殺人』 。最終作の結末は経験したことがないほど衝撃的で、こんな選択があっていいの?と震えたものである。その三部作の前日譚にあたる新作が出ていたので読んだ。 主人公ピップと友人た…

ミスドの良き思い出をくすぐられるアンソロジー。「ミスドスーパーラブ」

沖縄旅行から帰ってきた友人Nがおみやげをくれた。旅行前、金沢の【貴船】ですばらしい割烹を堪能した直後、一緒にミスドを買い食いしたN。 おみやげは、ちんすこうでも紅芋タルトでもなく。那覇でふらっと入った本屋で見つけて、これは…!と思ったとのこと…

「本物」は山にあるのか街にあるのか。松永K三蔵『バリ山行』がおもしろかった

芥川賞候補ということで、松永K三蔵『バリ山行』を読む。タイトルは「ばりさんこう」。おもしろかったー! 六甲山で、道なき道を切り拓いてすすむバリエーションルート登山(=バリ)にのめり込んでる妻鹿(めが)さんの狂気ぶりが際立ってる。読みながら、…

エリン・モーゲンスターン『夜のサーカス』感想。幻想とたくらみに満ちた世界に引き込まれる

夜のサ-カス 作者:エリン モーゲンスターン 早川書房 Amazon 『夜のサーカス』エリン・モーゲンスターン 世界各地で神出鬼没に出現し、夜にだけ開くサーカス。表紙イラストのとおり、黒と白のみで構成された世界観が美しくて魅惑的。ひしめくテント、白い炎…

すぐそこにありそうな幻想と不穏。村雲菜月『もぬけの考察』

先日読んだ村雲菜月さんの『コレクターズ・ハイ』がよかったので、同じ作者の『もぬけの考察』を読んだ。これまた、キモおもしろホラーな読後感だった。 冒頭の一文でまず明かされる主人公の趣味がヤバすぎて震える。うわっ変な人が出てきたぞと思いながら読…

暴走するオタクの行き着く先は。村雲菜月『コレクターズ・ハイ』感想

「推し」に人生を捧げること。なにゅなにゅオタクの私、クレーンゲームオタクの森本さん、髪オタク美容師の品田。その愛は一方通行だったはずなのに、気がつけば歪んだトライアングルから抜け出せなくなっていて……。 これと決めた対象にのめり込んでしまうオ…

明日に続いていく物語。『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』感想

トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモローガブリエル・ゼヴィン (著), 池田 真紀子 (翻訳) セイディはMITの学生。ある冬、彼女は幼い頃一緒にマリオで遊んだ仲のサムに再会する。二人はゲームを共同開発し、成功を収め一躍ゲーム界の寵児となる。…

『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』を読み、心地よい空間のことを考える

『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』 ファン・ボルム (著)、 牧野 美加 (翻訳) 会社を辞めたヨンジュは、ソウル市内の住宅街に『ヒュナム洞書店』をオープンする。書店にやってくるのは、就活に失敗したアルバイトのバリスタ・ミンジュン、夫の愚痴をこぼすコー…

2024年本屋大賞発表。上位3位までの予想が的中。

2024年本屋大賞の結果が発表された。期待どおりに成瀬が大賞、しかも圧倒的。うれしい〜。個人的に一番推していたのが『成瀬は天下を取りにいく』。今期は文句なしにこれだよね、成瀬が取らずに一体どの作品が取るんだよというくらいなので、全国書店員…

勧善懲悪のスポーツ✕お仕事小説。池井戸潤『ノーサイド・ゲーム』『陸王』

昨年秋からハマっている池井戸潤。下町ロケットと半沢直樹のシリーズ全作を読み終えて、最近読んだのが『ノーサイド・ゲーム』と『陸王』。どっちもおもしろかったー。 ノーサイド・ゲーム (講談社文庫) 作者:池井戸 潤 講談社 Amazon 大手自動車メーカーの…

仮想通貨でどこまで行けるか? チャン・リュジン『月まで行こう』感想

スピード感ありリアリティありで、あまりのおもしろさに一気読み。 メインキャラは韓国の大手製菓会社に勤める女性3人。20代後半・一人暮らし・経済的に余裕なし・会社での評価はまあまあ・未来への希望が見えづらい、という共通点を持っている。このうちの…

パワーアップした成瀬にまた会える!『成瀬は信じた道をいく』が期待以上のおもしろさ

宮島未奈さんの『成瀬は信じた道をいく』を読んだ。あまりにもおもしろくて一気に魅了された前作『成瀬は天下を取りにいく』の続編。シリーズもので最大限に期待がふくらむなか、こんなにも裏切らない、むしろ上をいく作品が現れるとは。 www.tabitoko.com …

殺し屋たちに愛着がわいてくる。伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』

やることなすことツキに見放されている殺し屋・七尾。通称「天道虫」と呼ばれる彼が請け負ったのは、超高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結…