直木賞作家ではあるがぱっとせず、とある地方都市で送迎ドライバーをしている津田。親しくしていた古書店主の形見の鞄を受け取ったところ、中には数冊の絵本と古本のピーターパン、それに三千枚を超える一万円札が詰め込まれていた。
ところが、行きつけの理髪店で使った最初の一枚が偽札であったことが判明。このことには、街で起きる騒ぎに必ず関わる裏社会の『あのひと』も目を光らせているという……。
いやあ、おもしろすぎた。感想を語るのが難しいけど、なんとも奇妙な、今までにないタイプの読書体験だった。私が読んでいるこれは何なのか、創作なのか本当のことなのか。ずっと翻弄され続けて「なんじゃこら」って思いながら、気がついたら1000ページを読み終えてた。
主人公の津田が自身の実体験を小説として書きすすめていくんだけど、彼がとにかくめんどくさい奴なんだ。思考と表現をあれこれこねくり回して、あーでもないこーでもないと書いてる文章が長い長い。それは作者のせいではなくて津田のせい、でも実際に書いてるのは当然作者の佐藤さんであって、作中に出てくる小説パートと地の文の区別がつかなくなってくるのも、津田のしわざではなく作者のシナリオどおり。ストーリー以上に、構成の妙に引き込まれた。
時系列が行ったり来たりで、特に初めのうちは何がどうなってるのかさっぱりわからない。文章のまわりくどさもあって「読むのしんどいかも…」と思っていたのに、だんだん気持ちよくなってくる不思議。特に、会話文にたびたび出てくる「な?」という独特な言い回しが(もう本当に口をひらくたびに出てくる)いちいち邪魔でイラっとしてたのに、そのうちくせになってしまうという魔術。
起こった出来事を克明に描写し、津田がそれについてどう感じたかあるいは感じなかったかが述べられ、これを小説に仕立てるには事実をどう変更するかしないかの検討が述べられ、そしてこの変更はありかなしか?が語られる。こうやって説明すると、そりゃ回りくどいし1000ページを超えるのも当たり前だな。この、津田の(あるいは作者の)思考の過程と言語化がなにより面白かった。
気のせいかほのかにサンマを七輪で焼く煙の匂いを嗅いだ。サンマを七輪で焼いた経験はいちどもないからきっと気のせいだろう。
いちいち細かいな~というところを、いちいち細かく書いてくる。読めば読むほどこのスタイルが快感になってくるんだよね。
あと、津田がしょっちゅうドーナツショップに行くところ、餃子の王将で天津飯ばかり食べてるところ、個人的に気が合うなと思った(笑)。佐藤正午さんの作品を読むのは初めてだけど、いい出会いだった。これからどんどん読みたい。