引退を決めた敏腕スナイパーの殺し屋ビリーが、最後の仕事を依頼され決行の日を待つ。正体を隠すため作家になりすますうち、本当に小説を書き始めてしまう。
無害な一般人を演じるため、地方都市で普通の家に住み、まめに近所づきあいをする。子どもたちとモノポリーをしたりバーベキューをしたり移動遊園地に行ったり。平和そのものみたいな日常の風景が描かれるのだけど、この日常はいつまでも続くものではない。殺人犯という最悪の正体をいつか子どもたちが知るまでの期間限定のものだとわかっているからこそ、尊くも切なくも感じながら読んだ。(あとでいくつかレビューを見たら、このへんの描写が長すぎて退屈だという否定的意見があり驚いた。私は好きだった)
いよいよ殺しの当日、そして決行。ここからの加速とスリルがいい。途中でアリスという女性が登場し、物語の展開が一気に変化。追っ手から身を隠しつつ狙った相手を追い詰めていくドキドキハラハラ感に満ちて、殺し屋の面目躍如というところ。逃走劇の合間に、ビリーが書きためている小説パートが挿入されるのだけど、これがラストでものすごく効いてくる。その内容と仕掛けに、作者はこれをやりたくてこの長編を書いたのね…!とうなった。
〈小説を書く〉ことの力や効能、書かれた内容は真実のように見えること、書くという行為じたいや書かれた内容が、人を支えたり希望を持たせてくれるということ。それを体現し実感させる作品だった。ビリーもアリスもそこに救われてたし、読者としても、いっとき明るい未来の可能性を想像することができた。
おもしろくてすいすい読んだし、全体的に満足。しかし大きな不満は、中年男性を救うのは結局若い女性なの?っていうところ。自分が助けた女性が次第に心をひらいて自分に好意を抱くようになるという、こうやって書くとめちゃちゃ安易なフォーマット。これは何、おじさんの願望?欲望ですか? ビリーのこともアリスのことも好きだけど、ややモヤッとした。あと、物語上必要なのだとしても、レイプ、特に幼児に向けたものはつらいし許せないし行為者に対して反吐が出るしで苦しいわ。
作中、多くの文学作品やキングの過去作ネタがたくさん散りばめられている(っぽい)。詳しくないのでピンとこなかったのだけど、知ってれば10倍くらい楽しそうだ。本を読むほどに、もっと読みたいもっと知りたいという興味と好奇心が深まっていくの、これこそが読書の楽しさ、やめられなさだな。