口さけ女はいなかった。恐怖の大王は来なかった。噂はぜんぶデマだった。一方で大災害が町を破壊し、疫病が流行し、今も戦争が起き続けている。何でもいいから何かを信じないと、何が起きるかわからない今日をやり過ごすことが出来ない……。飛馬と不三子、縁もゆかりもなかった二人の昭和平成コロナ禍を描き、「信じる」ことの意味を問いかける傑作長篇。
ある個人の目から見た生活史のような小説だった。昭和~平成が中心なので、起こる出来事すべてに私自身の当事者意識がありリアリティがあり、自分がこの身で知っている歴史を俯瞰する読書体験だった。
それにしてもこの世界、私たちが今生きている世界というのは、小説の形で改めて外から見るととてつもない混迷の時代だな。不安定で不確かで不穏なことが次々と起こり、揺らぎ、真偽も正義もわからなくなる世界。こんな中でまったくよく生きてるよ、実際。
戦争、地震、テロ、コロナ、SNS、デマ。自分で考えて選ぶということが本当に難しい。情報がありすぎて、判断を鈍らせたり惑わせたりするものが多すぎて。
しかしこれからも世界は続いていくし、未知のものが絶えずあらわれて人心を乱すだろうし、その中で生き続けていかなくてはならないとは、なんとも気が遠くなる。気が遠くなるけれども、だからこそ、自分の目の届くところ、触れることができる距離の人やものに対しては、誠実さとやさしさを持ち続けたいと思った。