旅と日常のあいだ

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「本物」は山にあるのか街にあるのか。松永K三蔵『バリ山行』がおもしろかった

芥川賞候補ということで、松永K三蔵『バリ山行』を読む。タイトルは「ばりさんこう」。おもしろかったー!

六甲山で、道なき道を切り拓いてすすむバリエーションルート登山(=バリ)にのめり込んでる妻鹿(めが)さんの狂気ぶりが際立ってる。読みながら、身体的にも精神的にも相当ヒリヒリした。妻鹿さん危ない、妻鹿さんめんどくさい、妻鹿さん怖い…!って何度思ったことか。

主人公の波多は普段は職場仲間と気楽な登山を楽しんでいるのだけど、妻鹿さんに刺激されてバリに同行することに。初めはそのワイルドさに面白みを感じていたものの、文字どおりの意味で命がけの道行きとなり、バリおよび妻鹿さんに対して本気で嫌悪を感じていく過程の描写がめちゃめちゃリアルでよかった。同時に、山の濃密な空気、樹木の熱気やまとわりつく湿度、光や音がすぐ間近に思い浮かぶ筆致が圧倒的。そこにいる自分の身体状況や五感に非常に自覚的なところもよくて、読みながら波多と一体化しそうな気すらしたなぁ。特に、ヤブこぎ(踏み跡のないヤブの中を、葉や枝をかき分けながら進むこと)の情景なんか、心情と共にしつこいくらい何度も詳細に書かれてて、まじで気が滅入るというか、一緒にしんどさを体感した気分。

ニヤニヤ笑いながらギリギリのルートを行く妻鹿さんもヤバいし、実際に死にそうな事態になってる波多もヤバい。むき出しの山で「本物」を感じたい妻鹿さん、山はあくまでも遊びであり「本物」は街や生活にあるという波多。見方によってはどちらも正解だし、どちらだけでもないんだろうなと思う。

ものすごい高い山に登るとか派手で有名な難ルートを行くとかじゃなく、街のそばにあるごく身近な低山で、誰も通ったことのない道をゴリゴリ進んでは心身を研ぎ澄ますという、そんな世界があるのだということを思い知らされる意味でもおもしろかった。「自分のちっぽけさに気づくために山に登る」みたいなお決まりフレーズが吹き飛んでしまうレベルの、奇特で激烈な山行。やりたいかどうかでいうと、絶対やりたくないけど。

バリ山行