旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。


吉村昭『漂流』感想。観察と経験と応用力が大事。生き抜くためにはボーッとしてちゃダメだなと思った。

吉村昭『漂流』を読んだ。このところ吉村氏にはまっており、高熱隧道、羆嵐についで3冊目。

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漂流、めちゃくちゃおもしろかった。現時点の吉村作品で第1位(まだ3冊しか読んでないけど)。

絶体絶命の苦境にひとりきりで残された男が、知恵と忍耐と行動によって生き延びる。秘境に閉じ込められる緊張感とそこからの脱出という興奮、何かに似ている…と思ったら、オデッセイだ(火星に取り残される→地球に生還パターン)。そして、オデッセイはフィクションだけど漂流は実話。もうね、こんな苦しみが現実にあったのかという哀れやら驚きやら、そして奇跡としかいえない脱出劇に、先が知りたい、もっと知りたい、彼らの運命が知りたい!と読むのをとめられなくなるのだった。

江戸時代、高知を出港した船が4人を乗せて難破。制御不能になった船は風と潮に流されるまま、どこともわからぬ岩だらけの島に漂着。それは遠く遠く離れた伊豆諸島のひとつ、鳥島であった(もちろん当人はそんなこと知らない)。いったいどれくらい遠いか、グーグルマップを見てその絶望的な遠さにあぜんとしたよ私は。

鳥島は完全な無人島。水なし、食用の植物なし、火をおこす道具なし。しかし世界有数のアホウドリの群生地であったため鳥肉だけは食べ放題(生肉だけど)。なんという不幸中の幸いか。肉を食べてればとりあえずは死なないだろうと暮らしていたある日、彼らは鳥の様子がおかしいのを見てふと気づく。アホウドリが渡り鳥であるということに。いずれ島から一羽もいなくなる日が来る、そうしたら食料がなくなってしまう=あとは死あるのみ。どうするか? 彼らは保存の効く干し肉を作ることを思いつき、次に鳥が戻ってくるまで食いつなげるようひたすら作業をする。この冷静な観察眼、早い判断と行動力のすばらしさよ。

自力で島を出る術はないので他の船が通りかかって発見してくれるのを待つしかないのだが、数年たっても船の姿を見ることはまったくない。実は、ここは船も通わぬ絶海の場所なのだった。

そのうち、4人いた仲間の3人が死亡。来るあてのない救出の日までひとりきり…かと思いきや、ある日、別の難破船が漂着し仲間が増える。減る一方だと思って読んでたから、思わぬ形での人数増に「へっ?」ってなったわ。

そしてここからがまたおもしろい。絶望して無気力になりつつある集団に、救助が来ないならみずから船を作って島を出るのだという気運が生まれ、彼らの表情や言動が前向きになるところ。しかし島に船の材料はなく、たまに打ち上げられる木材を拾い集めていくしかないというあまりにも気の遠い計画に再び打ちのめされるところ。吉村さんの文章は、精密で無駄がなく内省的になりすぎず、しかも心情がよく伝わる。テンポの良さが実に心地よいなあと思いながら読んだ。何回も言うけど、最後の最後まで本当におもしろかった。

ひとつ気づいたのは、私は漂流とか遭難ものが好きなようだ。率先して自覚したことはなかったけど。

 

▼南極探検船で難破&全員生還。

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▼上記とは対照的に、北極探索中に全員死亡。

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漂流(新潮文庫)

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  • 作者:吉村昭
  • 発売日: 2013/03/01
  • メディア: Kindle版