読書記録を1ヶ月毎にまとめる試み、2023年分を完走。2023年は93冊読んだ。年間ベストはそのうち記事を書くとして(たぶん)、12月分の振り返り。
- 森バジル『ノウ・イット・オール』(84)
- ソン・ウォンピョン『アーモンド』(85)
- 池井戸潤『ロスジェネの逆襲』(86)
- 恩田陸『夜果つるところ』(87)
- 恩田陸『鈍色幻視行』(88)
- 小川哲『君が手にするはずだった黄金について』(89)
- 池井戸潤『銀翼のイカロス』(90)
- ポール・オースター『サンセット・パーク』(91)
- 村木嵐『まいまいつぶろ』(92)
- 宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』(93)
森バジル『ノウ・イット・オール』(84)
1つの街を舞台に描かれる、5つの世界は、少しずつ重なりあい、影響を与えあい、思わぬ結末を引き起こす。すべてを目撃するのは、読者であるあなただけ。
短編5つの連作。一話目で「ほうほう、こういう感じか」と思って2話目を読んだらテイストが別人すぎていい意味でびっくりした。最後まで読むと、なるほどあれがこうなってそういうことか~。しかし帯のアオリや選評は全体的に言い過ぎだと思う。読む前から期待が高ぶれしすぎた。辻村深月さんが「抜群のきらめきに満ちていた」と褒めている「青春小説」についてはまったく同感。高校生男女のやりとりのまぶしさよ。
ソン・ウォンピョン『アーモンド』(85)
扁桃体(アーモンド)が人より小さく、怒りや恐怖を感じることができない十六歳の高校生、ユンジェ。そんな彼は、十五歳の誕生日に、目の前で祖母と母が通り魔に襲われたときも、ただ無表情でその光景を見つめているだけだった。
母は、感情がわからない息子に「喜」「怒」「哀」「楽」「愛」「悪」「欲」を丸暗記させることで、なんとか“普通の子"に見えるようにと訓練してきたが…。
『アルジャーノンに花束を』を思い起こしながら読んだ。感情をもたない主人公が、感情の爆発源のような少年ゴニと出会い、お互いに変化をもたらしていく。主人公が親から受け継いだ古書店に通ってくるゴニと、そこでの交流がいい。胸が苦しくなるシーンもありながら、読んでよかった一冊。
池井戸潤『ロスジェネの逆襲』(86)
半沢直樹シリーズ三作目。今回も痛快だった。ピシャリと言うべきところで言ってくれる半沢直樹。よっ! これまでの二作に比べて部下世代とのやりとりや部下視点のエピソード多め。こんな上司がいたら刺激的だろうな。刺激が強すぎる気もするが。
恩田陸『夜果つるところ』(87)
同著者の関連作品である『鈍色幻視行』の作中作という位置づけの物語。それが現実に1冊の単行本として発行されているというおもしろさ。巻末の奥付が二重構造になっていて、作中作での著者名「飯合梓」名義になっているという凝った作りだった。幻想的で妖しくてきらびやか、怖さと不可思議さをまとった世界観。主人公の出自が明かされるところがキモ!なんだけど、そこまでの伏線もなかったし、おおごとすぎてあり得ない内容なのでかえって「嘘だろ」って思ってしまい驚けなかったよ…。本作単体では、まあ普通、な読後感。もう1作を読めば見方が変わるのかなと期待。
恩田陸『鈍色幻視行』(88)
撮影中の事故により三たび映像化が頓挫した“呪われた”小説『夜果つるところ』と、その著者・飯合梓の謎を追う小説家の蕗谷梢は、関係者が一堂に会するクルーズ旅行に夫・雅春とともに参加した。船上では、『夜~』にひとかたならぬ思いを持つ面々が、梢の取材に応えて語り出す。次々と現れる新事実と新解釈。旅の半ば、『夜~』を読み返した梢は、ある違和感を覚えて…
というわけで、先に『夜果つるところ』を読んだうえでこちらに取りかかる。600ページ超え、執筆期間なんと15年間という大長編。途中、読むのがだるくなった。腕に重たいという物理的な意味ではない。内容や進行具合がダラダラと長いな~、長すぎる~~と思いつつ、謎を解き明かしたくて読む。が、結局明快には明かされず、もやもやだけが残った。長く続けるうちに焦点がどっかにいっちゃったような肩透かし感。
小川哲『君が手にするはずだった黄金について』(89)
認められたくて、必死だったあいつを、お前は笑えるの? 青山の占い師、80億円を動かすトレーダー、ロレックス・デイトナを巻く漫画家……。著者自身を彷彿とさせる「僕」が、怪しげな人物たちと遭遇する連作短篇集。彼らはどこまで嘘をついているのか? いや、噓を物語にする「僕」は、彼らと一体何が違うというのか?
限りなく著者自身に近い小説家「小川哲」が主人公。相変わらず文章がうまい。どれも楽しいんだけど、書き下ろしの「偽物」が一番おもしろかった。人を見た目や推測で判断しない、ということへの挑戦というか限界というか。そして「デイトナマラソン」というワードを初めて知った。そんなのあるの? 大変な世界だねえ…笑。6編を通して、少しずつリンクする言い回しや人物や舞台があるのが好き。作中に何度か出てくる好きな表現は、いけすかない成功者を指していう「インスタに肉寿司の写真をアップしてそうなイメージ」ってところ。わかるー! 魚のネタじゃなくて、肉寿司なところが!!
池井戸潤『銀翼のイカロス』(90)
半沢直樹四作目。今回の相手は政治家。もちろん今回も痛快だよ、水戸黄門的な安心感だよ、そうでなくちゃね。しかし白井大臣の思惑の浅いこと浅いこと。中身のないどうしようもない政治家であることを強調するためのキャラクターだとしても、ほかに女性キャラがほとんどいないなか、アホ大臣を女性に設定したのはなぜ? なんかちょっと引っかかりを覚えたわ……と思ったけど、これまでに出てきたアホ行員やアホ役人は全員男性だったもんな、そういえば。
半沢直樹の家族はこの巻には一切でてこない。初期作には登場してたのに。その意味で人間ドラマの要素が薄くなってるなあと感じたけど、ここぞの場面で印籠を見せつけて「どや!」ってする半沢直樹が見られればそれで満足。
ポール・オースター『サンセット・パーク』(91)
大不況下のブルックリン。名門大を中退したマイルズは、霊園そばの廃屋に不法居住する個性豊かな仲間に加わる。デブで偏屈なドラマーのビング、性的妄想が止まらない画家志望のエレン、高学歴プアの大学院生アリス。それぞれ苦悩を抱えつつ、不確かな未来へと歩み出す若者たちのリアルを描く、愛と葛藤と再生の物語。
上に挙げた『君が手にするはずだった黄金について』のなかで、主人公が友人に「読書家から趣味が良いと思われる小説を教えて」と言われるシーンがあって、ポール・オースターの『ムーン・パレス』を選んでいた。あれは私も大好きだった!と膝を打ちながら、久しく読んでないなあポール・オースター、と思って、図書館でたまたま見つけたものを借りてきた。
世間的にうまく生きられていない若者たちの、ゆるやかに再生していきそうで、そうならない展開。
▼7年前に自分が書いた感想文を見たら、また読み返したくなってきた。
村木嵐『まいまいつぶろ』(92)
口が回らず誰にも言葉が届かない、歩いた後には尿を引きずった跡が残り、その姿から「まいまいつぶろ(カタツムリ)と呼ばれ馬鹿にされた第九代将軍・徳川家重。ある日、その言葉を解する小姓・忠光が現れる。
体も口も思うように動かず意思を示すことのできない家重に対して、周囲の者は中身も愚鈍なのだと決めつけていた。実は精神や思考は非常に聡明なのに、そのことさえ誰にもわかってもらえない孤独や辛さ。それを救ってくれる存在と出会えたことは、なんという奇跡! 題材も時代も好きで、興味深くおもしろく読んだ。正室・比宮と、徐々にお互いを理解しあい必要としあうところとか、泣ける。途中から人物が多くなり、読み手としては心情やら思惑やらが消化しきれず。後半に盛り込みすぎでは。それにしても、家重関連、めちゃくちゃ史実が知りたくなる。
宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』(93)
1977年、エストニアに生まれたラウリ・クースク。コンピュータ・プログラミングの稀有な才能があった彼は、ソ連のサイバネティクス研究所で活躍することを目指す。だがソ連は崩壊し……。歴史に翻弄された一人の人物を描き出す、かけがえのない物語。
読み終えてから表紙イラストを見ると胸に迫るものがある。未来に希望を持っていることのきらめきとか、子ども時代の友情のかけがえのなさとか。プラス、叙述的な仕掛けや、そういう事情があったのねという種明かし要素もあって読みやすかった。