旅と日常のあいだ

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文学への愛と尊敬がほとばしる。『ものがたりの賊』真藤順丈

『ものがたりの賊(やから)』真藤順丈を読んだ。

ときは大正時代、関東大震災の被害と軍部台頭の混乱のなか、富士の樹海で生まれた悪鬼が正体不明の感染病をまきちらしながら東京に侵略。帝都を、日本を守るため、時を超えて結集した人物たちが立ち向かう!というファンタジー。

なんといってもメンバーがすごい。チームリーダーは竹取物語の翁、脇を固めるのは源氏物語の光源氏、山月記の李徴、夏目漱石の坊ちゃん。古今日本文学の登場人物が大集合、まさにオールスター夢の共演という感じ。当然ながら全員キャラが濃い。翁は月光を浴びて不老不死になってるし、光源氏は女たらしぶりに磨きがかかってるし、李徴はここぞというときに虎に変身して敵と戦い、坊ちゃんはもちろん親譲りの無鉄砲。

豪華な顔ぶれとにぎやかさがとにかく楽しくて、前半はわくわくしっぱなしだった。ストーリーも、謎が謎を呼ぶ展開や手に汗握るアクションシーンの連続で息もつかせない。

なにより作者の文学に対する知識の広さ深さと、各作品へのリスペクトを感じた。元ネタを尊重しつつ二次創作を散りばめているわけで、書いてて楽しかっただろうなあ。

私が特に好きだったのは、江戸川乱歩の怪人二十面相が、大怪盗として知られるようになる以前という設定で登場し、奇術的な盗みをはたらくシーン。いわば、真藤順丈さんが怪人二十面相の物語を書いたらどうなるか、という試み。もうひとつ、竹取の翁の妻である媼(おうな)がモダンな洋装女性に変身し、青竹静枝と名乗り(なにしろ竹にちなんでる)、女性だけで作る文芸誌の刊行を手伝ってるという設定も笑える。媼のくちぐせは「女性が月になぞらえられる時代は十世紀も前に終わった」で、その言葉に刺激された文芸誌発起人が書いたのが、有名な「元始、女性は太陽であった」だというオチ。媼、平塚らいてうと知り合いだったんかい! こういう文学作品・歴史的事実を踏まえた洒落や遊びがいっぱい。

日本文学をそんなに知らないわという人も大丈夫、関連する人物やエピソードは太字になっている親切設計で、巻末にはたっぷりの注釈と原典紹介がついている。あーなるほど、この作品のこの人ね、こういうシーンがあるのねと確認しながら読める。ざっくりした(しかもだいぶ痛快な)日本文学史をおさらいしてるみたい。

ずっとその調子なので、正直、だんだんと情報過多な感も。終盤は、主要メンバーだけでなく単なる通りすがりの人としても名作キャラを登場させ、これでもかとエピソードをたたみかける。まだある、まだあるぞー!という作者からの挑戦のようでもあり、楽しいんだけどやや胃もたれ、もうお腹いっぱいです…。

が、ストーリー全体は好きだった。ハチャメチャ感や古き良き冒険活劇の雰囲気もいいし、仰々しい表現や文体も好き。なにより、荒唐無稽ともいえるこの構成で最後まで引っ張りきる力とスピード感がすごい!と思った。そして、どの人物にもその人だけの物語があり歴史があり語られない背景が山ほどあるのだということを思って、世にある小説作品を愛しく感じたり。

真藤順丈さんは初読みだったけど、別作品も順番に読んでみよう。