旅と日常のあいだ

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千早茜『しろがねの葉』感想

 

戦国末期、シルバーラッシュに沸く石見銀山。天才山師・喜兵衛に拾われた少女ウメは、銀山の知識と未知の鉱脈のありかを授けられ、女だてらに坑道で働き出す。しかし徳川の支配強化により喜兵衛は生気を失い、ウメは欲望と死の影渦巻く世界にひとり投げ出されて……。

物語の舞台である間歩(まぶ。銀山の坑道)の、情景や温度が迫ってくるような描写に圧倒される。行ったことも見たこともないのに、底なしの暗さに息の詰まる感じとか、体に触れる石壁の冷たさとか、外に出たときの空や緑の明るさが手にとるように感じられる文章。

全編を通じて夜、闇、冷たさ、雪、静けさ、暗さの印象が漂っているからこそ、ときおり描かれる海のまぶしさ、ツツジの花びらが乱れ散るさま、女郎のうなじの白さ、着物の赤色がものすごく鮮烈。その色と視覚のイメージが、生きていくための執念とか官能とか、忍び寄る病への諦念とか、そんなものと重なり合ってまぶたの裏に焼き付くようだった。

男社会である銀山で生きるウメの、人生の一代記。重厚で、生きることを選択しつづけることの痛みや悲しさがしみる。でも暗いだけじゃない、前向きな思いも持てる読後感だった。自分が大事にしたい人に対しては、ちゃんとそのことを伝えて、必死になって大事に守らねばと思った。

自分を拾った喜兵衛に対するウメの、慕いすぎて憧れすぎて恐れを抱く感情の描かれ方がいい。ウメと、のちに夫になる隼人の関係性の描かれ方もいい。丁寧なんだけど冗長ではなく、端的に研ぎ澄まされてる感じの文章。隼人という人物もいいんだよな、一途で筋が通ってて、年代を追って魅力が増してる。ウメの心にいつづける喜兵衛は超えられない大きなライバルなんだけど、隼人は隼人のやり方でウメを想い、ウメもウメのやり方でそれに応えて関係を作っていく。人と人が本気で関わろうとしたときにどうしても生まれる苦しさとか、喪失感とか、これでよかったのだろうかとか、そういうあらゆる感情がこの一冊にひそんでいる気がした。読んでよかった。

千早茜さんを読むのは2回めで、前回は『西洋菓子店プティ・フール』だった。時代も毛色もまったく違うけど、だからこそほかの作品にも興味がわいてきてる。