旅と日常のあいだ

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桜とパンの山梨旅(1) 満開の神代桜へ

山梨県身延町久遠寺のしだれ桜を見に行き(しだれ桜を見に、身延山久遠寺へ - 旅と日常のあいだ)、満開の花をたっぷり楽しんだその翌日。また山梨に行った。そこに桜があるからである。

昨日はクルマで身延まで。今日は電車で北杜市まで。

電車って、もちろん鈍行である。得意の青春18きっぷで、得意の身延線。先日はひとりで身延線を走破して北アルプスを見に松本へ行ったが(北アルプスを見に、18きっぷで松本へ - 旅と日常のあいだ)、今日はちがう。長時間の鈍行移動を苦にしない、素敵な(もしくは酔狂な)友人と一緒である。

我々が目指すのは樹齢2000年といわれる「神代桜」。昨年も行ったが今年も行く。桜のある実相寺は最寄駅から4.5km離れているが、歩いていく。友人は、列車の友であると同時に山の友でもあるのだ。長時間鈍行だけでなく、長時間歩行も好物だっていうんだから、やっぱり酔狂なお人!

今回の旅の二大目的は、「桜とパン」である。静岡を出て、目的地のJR日野春駅(中央本線)までは片道4時間。寝たり食べたりしゃべったり寝たり寝たりしゃべったりしているうちに到着。まずは桜名所の実相寺へ、休む間もなくハイペースでずんずん歩き、4.5kmの距離を50分足らずで歩ききった。さすが、登山で鍛えている我々である。

ここは八ヶ岳の南麓にあたる北杜市、まだソメイヨシノは開花しておらず、むしろ梅が咲いている頃。目指す神代桜は開花の早いエドヒガンという品種であり、今がちょうど満開。昨日の久遠寺に続き実にいいタイミング、ついてるなあ!

 

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一年ぶりの神代桜は、心なしか去年より一回り小さくなっているように見えた。この木には、明るさや美しさというよりは、どうにか命をつないで今年も一生懸命に咲かせました……という感じがある。幹や枝にある補修のあとからは「痛々しい」という単語が思い浮かび、満開の桜を前にしながらも、悲しいような、恐れを抱くような気持ちになった。これを、風格だとか神々しさというのかもしれなかった。とにかく神代桜には、ほかのどの桜とも違う特別さがあると思った。

桜を見上げている我々のそばで、初老男性が「これが樹齢2000年? うちの隣の家の桜とほとんど変わらんなあ、はるばる遠くから来たけどだまされた気分やな!」と言っていた。もちろん、感想は人それぞれ。しかし、それならば貴殿の隣家の桜も天然記念物級ということだろうな、すごいね。

桜を見て、再び駅に戻る4.5kmの途中でひょうが降ってきた。さっきまで青空だったのになんてこと。めちゃくちゃに冷たい空気のなか、寒い寒いと震えながら早歩きに歩きまくって日野春駅に到着。

次の発車まではあと1時間ちょっと。我々は、桜に並ぶもう一つの目的である「パン」について検討せねばならない。雑誌にのっていた素敵なパン屋さんに行きたいのだが、店はここから少し遠い。歩いて40分くらいか。しかもたいへんわかりにくい場所にあり、田んぼの中のくねくね道を進むルートらしい。地図はあるけれど、間違えずに行けるかどうかちょっと不安。桜までの往復で既に10km近くを歩いた身体には疲れもあり、次の列車までに戻ってこられるかどうかも不安。しかも空からは、ひょうが降ってくるのである。ああ、パン屋さん。行くべきか、行かざるべきか。行きたい。パンを買いたい。八ヶ岳のふもとにある隠れ家のようなパン屋さんで、素朴で小さなパンを買いたい。そしてそのパンを、帰りの電車の中で大事に食べたい。

「鈍行列車&どこまでも徒歩」という暗黙のルールにしばられて身動きのとれなくなっていた我々であるが、いよいよ進退窮まれり。ここはもう禁断の一手を使うしかあるまい。

ついに、友人が高らかに宣言した。「タクシーに乗ろう!」

我々は駅前に停まっていたタクシーに乗り込んだ。さっさと乗らんかい!って感じである。

店のホームページに「わかりにくい場所ですので、近くの酒屋さんを目印にきてください」と注意書きがあるほどなので、店名だけでは運転手に伝わらないだろうと思っていたのだが、それはいらぬ心配であった。店名を告げると、運転手はすぐに「はいっ、わかりました。あそこね、本当に美味しいんですよ」といって迷わず発車したのである。ナイス運ちゃん! そのパン屋さんの名は、「ろくぶんぎ」。