旅と日常のあいだ

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桜とパンの山梨旅(2) 「ろくぶんぎ」と北杜のいい人たち

【ここまでのあらすじ】

四月のある日、樹齢2000年の「神代桜」を見に山梨県北杜市まで(18きっぷで鈍行で)やってきた私たち。駅から桜まで往復2時間を歩いたあと、次の目的地はへんぴな場所にあるパン屋さん。不安定な天候でひょうが降ってくる中、徒歩で片道40分は正直しんどい! ということで、タクシーでパン屋に乗り付けるというセレブぶりを発揮することに……

 

 

さて、目指すパン屋の名は「ろくぶんぎ」という。店のホームページによると、カーナビでも認識されないようなわかりにくい立地らしい。タクシーに乗りこんで「ろくぶんぎというパン屋に行きたいのですが」と言うと、運転手は「わかりました。あそこは美味しいですよ!」と即答。お店の場所を知っているとは心強いなあ、しかもその店のパンを食べたことがあるのね、そして美味しいのね!「地元のお店をよく知るタクシー運転手のお墨付きパン屋さん」。雑誌に出てきそうなフレーズだ。

パン屋さんまでは贅沢にタクシーを使うが、帰りは歩いて戻るつもり。よって、パン屋と駅をつなぐ帰りルートを覚えるため、私は後部座席から何度も後ろを振り返り、曲がり角やら風景やらを目に焼き付けようと試みた。だいぶ経ってから、あっちを向いたりこっちを見たり頭をくるくると動かしている私に気づいた隣席の友人が「あ、もしかして道を見てるの?」と聞いてきた。それまでは「そわそわ動いてばかりで落ち着きがないなあ」と思っていたらしい。違うよ!!!

「北杜市には美味しいパン屋さんが点在している」と運転手。パン屋を回るのが好きだそうで、「今までに行った三十何店の地図をストックしている」と話していた。マメだな!「趣味はパン屋さんめぐりです」なんてどこぞの可愛い女子みたいなことを言うけれど、運転手は可愛い女子などではまったくない。肩まであるグレーの髪を後ろで束ねるという、芸術家ふうなヘアスタイルの男性である。

「特に好きなお店はどこですか」「ろくぶんぎの、どのパンが美味しいですか」と尋ねると「うーん、どれも全部美味しいね」という無難かつ面白味のない返答。ここは思い切って「この店の、このパンがベストだね!」と言い切ってほしかった

橋を渡り、れんげ畑を過ぎ、田んぼの中のくねくね道を進む。複雑な道のりで、どこをどう曲がったものやらさっぱり。ああ、道を覚えるのは無理だ、もうあきらめよう。スマートフォンの地図を使えば、駅に戻るくらいは何とかなるだろう。

ぽつんと建った一軒家の前でタクシーが停まった。ろくぶんぎに到着である。「帰りも駅まで乗っていきますか、店の前で待っていましょうか」と運転手。我々はそれを断り、歩いて帰ることを選んだ。道にも体力にも自信がなく、時間の余裕もないというのに。無駄に自分自身を追い込む、挑戦的なタイプの私たちである。

ろくぶんぎは小さな店。両腕を広げたら端から端まで届きそうな幅の棚にパンが並んでいた。どのパンも1~5つくらいずつ。見た目はどれも素朴でこじんまりとしている。パンについて語れるほど詳しくないしうまい表現も思い浮かばないが、かむほどに味が広がりそうな見た目というか(伝わるだろうか?)。くるみとレーズンの丸いパン、チーズポテトのパン、食パン、などなど6種類を買った。ほとんどみんな100円台、安さにもびっくり。

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お店の方に「タクシーで来たの?」と驚かれた。店内から、タクシーを降りる私たちの姿が見えたらしい。 

「タクシーで来るお客さんは初めて」と店主さん。

「駅から歩くつもりが、ひょうも降ってくるし、道にも自信がなくて 」

「遠かったでしょう?駅から近道があるけど普通は知らないから。料金はどれくらいでした? 2500円くらい?」

「1500円。田んぼの道を通りましたよ」

「それはすごい、道を知ってる運転手だ」

「ここに来たことがあるって言ってました」

「もしかして、運転手は髪を束ねてた?」

「そうです、束ねてました!」

「ああ、よく来てくれるお客様だ。きっと今もタクシーを降りてパンを買いたかったんだろうなあ。勤務中だからそういうわけにいかないものね」

こんな会話をしている間にも、別のお客さん(ご夫婦連れ)が入ってきて、パンを買って出て行った。と思うとすぐにまた店に戻ってきて、私たちに「この後どうするの、駅まで歩くの?」と声をかけてくれる。「がんばって歩きます」と答えたところ、なんと「車で来てるから送るよ、よかったら乗っていって」と言ってくれるではないか。びっくり。私と友人、内心では徒歩40分の道のりがだるくてたまらなかったので、ありがたい申し出にすぐに飛びついた。

車の後部座席におさまり、おそらく先ほどタクシーで来たのと同じ道であろうくねくね道を通って(慣れた地元の人じゃなきゃ絶対にわからないだろうルート。歩いて往復しなくてよかった)、あっという間に駅に戻ってきた。ご夫婦は静岡県中部に縁があってたまに訪れるとのこと、藤枝市にある某店舗によく行くという話が出てきて、私も友人も「その店はよく行きますよ、いいですよね」なんて話題で盛り上がった。思わぬ場所で思わぬやさしさに触れ、しかも思わぬ共通点があったものである。

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タクシーの運転手も、ろくぶんぎの店主も、送ってくれたご夫婦も、みんないい人。2000年続く桜も、パン屋さんも、とてもいい。鞄いっぱいのパンとともに「北杜市はいいところ」という印象も持ち帰ったのだった。

帰宅してから食べたパンは、どれもとても美味しかった。特に食パン。しっかりして、もちもちして、厚めに切ったのをかみしめることがしみじみと幸せだ~というような、とにかく好きなパンだった。

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