酒見賢一『ピュタゴラスの旅』を読む。古代ギリシャを舞台にした短編が中心なのだが、人物の描かれ方がとてもいきいきしていて(でも筆致は淡々としていて)、あの時代の哲学者や数学者に興味がわいてきた。
この作家の発想や方法にはいつもびっくりさせられる。デビュー作「後宮小説」もすごかった。古代中国の史実に材をとったファンタジーという体裁をとった、痛快なる大ホラ吹き小説。
性を題材にした『語り手の事情』もすごかった。物語の合間に、その語り手(=作者?)が行間に勝手に乱入してくるのだ。虚構だと思って読んでいるのに、突然出現する現実的存在。しかしそれすらも、実は作者・酒見氏によって作られた文章にすぎないわけで。リアルとフィクションが交錯して気持ち悪くなってくる。のに、やめられなかった。
それから、この人はとにかく博識なのだ。歴史や知識の厚い下地があって、その上に想像力とか文章の巧さが重なっている感じ。そういう人が書くものは、しっかりしていて、揺らぎがなくて、挑戦的で、おもしろい。