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ポール・オースター『幻影の書』感想

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「幻影の書」ポール・オースター著、柴田元幸訳、新潮文庫

時間も気分もどっぷり読書に浸かりたいと思っているときに書評で見つけた小説。事故によって不意に絶望に突き落とされた主人公のもとに、ある日、何十年も前に失踪したまま行方知れずになっている映画俳優から手紙が届く。とっくの昔に亡くなったものと思われていたが、実はそうではなかったらしい……。

このミステリーチックなあらすじ紹介に惹かれて手に取ったのだが、読み進めたら、すごかった。単なる推理モノでもドタバタでもなかった。私の好きな、喪失と回復と再生の物語だった。

そのテーマも好きだけれども、何より構成がすばらしい。そして描写がすばらしい。今自分は本を読んでいる=つまり文字を追っているということを忘れてしまうくらい、目の前に実にリアルな映像が繰り広げられる感覚があった。

作中で、謎多き映画俳優が出演していた映画作品の紹介シーンがある。映像を文章で表現するのって非常に難しいと思うのだが、この部分を読むと、実際に映像が流れているのを目にしたような気分になる。映画のストーリーがうまく要約されているとかいうレベルではなく、スクリーンに映っているもの、その動き、その意味が手に取るようにわかる感じ。私は本を読んでいたはずなのに、そうではなく映画を丸ごと一本観たかのような説得力なのだ。このことだけでも私にとっては驚くべき経験だった。(が、これを経験させることが小説の主題なわけではない)

この劇中劇の使い方がまた効果的。小説の中に描かれる映画作品が、小説世界の現実とリンクするさまといったらもう! そう、非常に現実的なんだけれども、でもやはり、どこまでいっても幻影でもある。こんなにも鮮明でリアリティがあってすぐそこにあるように見えるのに、ふと気づけば私自身の手のひらに収まる文庫サイズの世界の話なのであって。ものすごい絶望も、そこからの再生や希望も、ある意味では全部「なかった」のだし、同時に、いま私がいるまさにこの現実の世界で、すべて実際に起こりうることでもあるのだった。

……というようなことを思いつくままに考える。どこまでも広がっていくのを、別に収拾させる必要もなくただただ考え、考えるのに飽きたら途中でやめるのも何もかもが自由。こういう読書の時間、読後の時間ってすごくいいなあと思った。本にどっぷり浸かりたいという願いは、単に「あーおもしろかった」っていう以上に豊かな形でかなえられた。読書の秋よ、もっと。ポール・オースター氏の作品はほかも読んでみよう。

幻影の書 (新潮文庫)

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ムーン・パレス (新潮文庫)

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