旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。


河﨑秋子『ともぐい』感想

 

明治後期の北海道の山で、猟師というより獣そのものの嗅覚で獲物と対峙する男、熊爪。図らずも我が領分を侵した穴持たずの熊、蠱惑的な盲目の少女、ロシアとの戦争に向かってきな臭さを漂わせる時代の変化……すべてが運命を狂わせてゆく。

河﨑秋子さんの『ともぐい』を読む。すごくよかった。来週発表される第170回直木賞候補作のひとつだけど、受賞はこれでは?と予想。

熊爪が分け入っていく森や山での緊張感、臨場感が、音や風景や匂いまでも目の前に浮かんでくる。自分が経験したことのない場所や生活や感情すらも自分のことのようにリアルに精細に感じられて、小説のすごさってこういうところだよな、こういう現象を欲してた…!と思いながら没入した。

主人公である熊爪 VS 熊(特に、山の主である”赤毛”)の物語かと思いきやそれでは終わらず、熊爪が自分の過去や未来も含めた自分自身と徹底的に向き合う展開だったのがまた凄みを増してた。一般的な人間社会から遠く隔絶した場所と方法で生きる熊爪のもとに、異物とでもいうべき少女・陽子が入り込んでくるのだけど、陽子が選んだ未来がすさまじい。それに対する熊爪の選択も常識を超えていて、人でありながら獣というか、自然の一部であることを究極的に体現した結果というか。

あと、熊爪と常に行動を共にしている犬がかわいい。かわいいなんて言葉は軽すぎるけど、すばらしい相棒。人間や世間は何を考えているのかわからない部分だらけだけど、犬は主人を信じたい・助けたいというまっすぐな気持ちで動いてるから、物語的にしんどい状況下にあってより愛しいし胸を打たれるのかも。

ともぐい

ともぐい

Amazon