大慌てで9月の読書の振り返り。この月は10冊読んだ。なんといっても『卒業生には向かない真実』がすごかったーーー!!! あと川上未映子のエッセイ集もよかった。
- ホリー・ジャクソン『優等生は探偵には向かない』(60)
- 永井紗耶子『女人入眼』(61)
- 穂村弘・春日武彦『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』(62)
- ホリー・ジャクソン『卒業生には向かない真実』(63)
- 青山文平『泳ぐ者』(64)
- 川上未映子『深く、しっかり息をして』(65)
- 角田光代『紙の月』(66)
- 本谷聖子『受精卵ワールド』(67)
- 永井紗耶子『大奥づとめ』(68)
- 青山文平『半席』(69)
ホリー・ジャクソン『優等生は探偵には向かない』(60)
三部作の二作目。8月に第一部『自由研究には向かない殺人』を読んで主人公ピップのありそうでいない魅力的なキャラクター性にハマり、二作目も夢中で読んだ。しょっぱな、第一部から時間の経過をまったくおかずに始まるので面食らう。未読の方、絶対に第一部から読まなきゃだめですよー。終盤、一筋縄ではいかない大展開に椅子から転げ落ちそうになった。少しずつピップの精神が尋常ではなくなりダークさが増していくのが不安かつスリリング。そして第三部へ。
永井紗耶子『女人入眼』(61)
読み方は「にょにんじゅげん」。物語の主軸は「鎌倉幕府最大の失策」とも呼ばれる大姫入内について。鎌倉時代、京の六条殿に仕える女房・周子は、源頼朝と北条政子の娘・大姫を入内させるという命を受けて鎌倉へ入る。大姫は病がちで繊細、いっぽう政治的に大きな野望を持つ政子は娘への圧が強く…。舞台は去年の大河ドラマ「鎌倉殿」どんぴしゃ、しかも私は世間から半年遅れて今年の夏に全話を見終わったばかりなのでとてもタイムリーな読書だった。必然的に登場人物は大河キャスティングで脳内再生され、まるで映像を見ているかのような臨場感。政子は小池栄子でしかありえないし、大姫も大河ドラマのあの大姫で。小説、おもしろかった。時代や出自や母の影響力がなければ違う人生を選べただろうに。それにしても政子強すぎ。
穂村弘・春日武彦『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』(62)
書物と知識の巨人ふたりによる対談集。穂村さん独自の世界の見方とかそれを言語化した表現が、あいかわらずツボ。
ホリー・ジャクソン『卒業生には向かない真実』(63)
というわけで三部作の最終作。明るく快活だった主人公ピップはダークサイドにおち、第一部には想像もつかなかった様相を見せることに。正義はいったいどこにあるのかということが重くのしかかる展開。たとえ法律が許しても個人的には絶対に許せないことがあったとき、自分なりにどう裁いてどう納得させるのか、ピップが選んだ究極の答えが示される。いやーもう、小説でこんなことをやっていいの!?っていう。逆に小説だからできるとも言えるけど。まったく、おそるべきおもしろさの三部作だった。
青山文平『泳ぐ者』(64)
青山作品を何作か読んで、文章のうまさと、登場人物が生きているというリアリティが強く感じられる作風にはまっている。なんでもいいから未読のものをと手に取ったのがこれ。はじめ、主人公の過去や前提に置いてけぼりにされてる感があるなあと不思議に思ってたら、じつはシリーズものの続編だった。刊行順を調べないとこうなる。それを差し引いても、私の好きな青山作品ぶりだった。事故や事件の表面をなぞるのではなく、「なぜ」の部分を突き詰めて解いていく仕事がいい。うるさいこと言わないけど物事の先を見通してる上司(食い道楽)もいいし、一緒に飲み屋で季節のものをつまむシーンも好き。
川上未映子『深く、しっかり息をして』(65)
すごくよかった。雑誌Hanakoの連載12年分をまとめたエッセイ集。友人とおしゃべりするようなさらっと読みやすい口調のなかに、きらりと光る感情の切り取りとか、それ私も思ってたけど自分ではうまく言えなかった!というピシャリと鋭い考察が散りばめられていた。著者自身の弱さやしんどさを見せつつ、他者へのやさしくてあたたかなまなざしに満ちてる。手元においてお守りにしてときおり勇気をもらいたい、そんな本だった。出産と育児の話には共感しかなかった。そして女性やジェンターをめぐって社会に物申す内容と切れ味には本当にそうよねと納得し、つくづく嫌になったわ…。未映子さんと近い距離にいる感じで親しみをもって、大事に楽しく読んだ。それにしても着道楽ぶりがうらやましい。
角田光代『紙の月』(66)
勤務先の銀行から一億円を横領した主人公。結果的には大罪なんだけど、きっかけはほんのふとしたことというか、そこまでの悪事だとは思わずにやり場のない気持ちを向けただけというか。少しのボタンの掛け違いで、私もやりかねないんじゃないかとすら思う。お金がほしいわけじゃないんだよね。今ある自分ではない自分、ほかの選択肢を生きていたらどうなっていたんだろうという無数のたらればの先を嘘でもいいから体験してみたくて、その手段としての横領。ゆるされることではないけれども。
本谷聖子『受精卵ワールド』(67)
不妊治療クリニックで胚培養士として働く長谷川幸、32歳。受精卵と向き合い、命の誕生を願うこの仕事を天職だと思っているが、実は幸自身も出生に秘密を抱えていた。報われない挑戦、人生の選択、それぞれの幸せ。生殖医療にかかわる人間たちの葛藤と希望を描く書下ろし長編。
胚培養士という仕事や不妊治療の現場が舞台になっている小説ってあまりないのではと興味をもって手に取る。年齢的立場的に、書かれてる気持ちや境遇に共感する点が多かった。いまや4組に1組が不妊治療をおこなう時代。当事者も手助けをする治療者も望みがかなうことばかりではないのがつらいけど、関わる誰もが心からの希望をもって臨んでいるのは確か。こういう世界があって、見えざる葛藤を抱えてる人がたくさんいるということを、誰もが広く知るべきだと思う。
永井紗耶子『大奥づとめ』(68)
大奥おしごと小説。大奥の職種や働き方には意外なほど多様性があって、やり方次第で上を目指せたというのが楽しい。仕事するうえでの考え方とか人間関係って、江戸の大奥も現代も基本は同じなんだなあと。
青山文平『半席』(69)
うっかりして続編の『泳ぐ者』を先に読んでしまってからの、一作目『半席』を読む。ああなるほど、これがこうなってそうなってたわけね、とやっといろいろ腑に落ちてすっきりした。事件の裏側にある「なぜ」を解き明かすのが主人公の勤め。そこに至る人の心の動きがていねいに扱われているので、どの短編の人物にも血が通っており人生があるのだということが確かに感じられる。江戸の季節感や食べ物の描写がいい〜。行きつけの店ですっと出てくる気の利いた肴がいちいちおいしそうなんだよな。(そのうちこのテーマだけで一冊外伝が出そうなくらい魅力的)