旅と日常のあいだ

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やさしさや良心は、まだちゃんと存在してる。津村記久子『水車小屋のネネ』感想

「家出ようと思うんだけど、一緒に来る?」身勝手な親から逃れ、姉妹で生きることに決めた理佐と律。ネネのいる水車小屋で番人として働き始める青年・聡。水車小屋に現れた中学生・研司...人々が織りなす希望と再生の物語。

水車小屋のネネ

水車小屋のネネ

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『水車小屋のネネ』津村記久子

読み終わるのがもったいない、大事に大事に味わいたい小説だった。読み終えてしまったらもう彼ら彼女らに会えなくなるのが寂しくて。残り少ないページ数を気にしつつ、心を集中させて読んだ。

出てくる全員、ちゃんと息をしていて、血が通っていて、リアルに生活している手触りがあった。登場人物がお互いに立ち入りすぎず、尊重しあってる姿がとてもいい。お姉さん(理佐)の、つらい状況にあってもそう感じさせず、むしろおおらかにすら見える振る舞いやキャラクターに憧れる。なんというしなやかさとたくましさ。

良心や、人を助けたいという気持ちが、適切な分量で押し付けがましくなく循環してる。与える側も受け取る側も、過剰にならず淡々と。でも決して感謝を忘れず、自分が人の良心によって生きていることに非常に自覚をもっていて、だからこそ自分も他者にそれをもたらそうと行動して…。

この優しくあたたかい世界にずっと触れていたいと思った。非現実的な理想の世界としてではなく、私もこういうふうに振る舞うことができるのかもしれない、他者とこういう関係を築けるのかもしれないという現実的な希望や目標として。それができたら、本当に素晴らしいと思う。

初出は新聞連載で、本誌にもイラストが多くはさまれている。ほんわかしたテイストが小説世界によく合ってる。なにより、とても賢いヨウムのネネが最高。人と会話し、映画のセリフを暗誦し、貧窮問答歌まで口ずさむというチャーミングさ。私もネネに会いたい。

ネネがいて水車小屋があってその町に暮らす人がいて、それぞれの思いで生きていく40年間の物語。派手な事件や仕掛けはないけどじんわり沁みたし、ともかく前を向いて日々をまじめに楽しくやっていこう、と明るい気持ちで思えた。