旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。


2023年6月の読書記録。成瀬あかりとネネと青山文平にハマる。

9月になった。稲刈りのあとの草の匂いや、夜の虫の声。季節は移ろうが私の読書記録は3か月遅れのまま。6月は9冊読んだ。カッコ内は今年の読了数。

齊藤彩『母という呪縛 娘という牢獄』(36)

実母からの強制で不本意な9浪をさせられ、ついには母をバラバラ殺害してしまう30代娘。実際にあった事件を下敷きにしたドキュメンタリー。愛情の不足または歪みによる負の連鎖がおそろしい。客観的に見たら異常なことも、当人は無自覚ゆえ断ち切りにくいという実情がこわい。あと、子どものためだと言いながらも、実際は親の都合や親の希望でジャッジしたり言動を誘導してる部分って少なからずあるよな…と、親の立場として自分をかえりみたときにも、いろいろ思うことあり。重くてしんどかった。

 

平野啓一郎『空白を満たしなさい』(37)

勤務先の会社の会議室で目覚めた土屋徹生は、自分が3年前に死亡したことを知らされる。死因は「自殺」。しかし、愛する妻と幼い息子に恵まれ、新商品の開発に情熱を注いでいた自分に自殺する理由など考えられない。じつは自分は殺されたのではないか。とすれば犯人は誰なのか、そして目的は? 記憶から失われた自らの死の謎を追求する徹生が、やがてたどりついた真相とは? 

作中で提示される「分人」という考え方に納得。対する相手によって、そのときの自分のキャラや行動は変わる。夫といるとき、友人といるとき、別の友人といるとき、同僚と、母と、子どもと…。この人といるときの自分は好き、というのはある。その概念が強い説得力をもって言語化されて、気づくことがたくさんあった感じ。

一度死んだ主人公がなぜか生き返り(復生)、自殺だと言われても信じられずに真相を探るミステリー仕立ての前半と、分人という概念に沿って生き直しをはかる後半。世界中で発生した生き返りの人々が、人知れずまた消えていく現象が多発し、主人公もそれにおびえることになる。一度生き返ったからこそ、再び死ぬことへの実感や恐れが人一倍あって、生きていることの奇跡や一秒一秒の貴重さがめちゃくちゃ胸に迫ってきた。

 

宮島未奈『成瀬は天下を取りに行く』(38)

読んでから3か月が経つけど、成瀬あかりを大好きな気持ちはまったく薄れてない。主人公の魅力の高さおよび読むと元気が出るという点で圧倒的に今年のベスト。みんなも読んで!

 

下村敦史『ガウディの遺言』(39)

登場人物がみなさま饒舌すぎて、小説というかガイドブック読んでるみたいだったよ!スペイン行きたいな、ガウディ建築をこの目で見たいなーってなった。

 

津村記久子『水車小屋のネネ』(40)

これは本当によかった。読みながら感じていた優しさやあたたかさを胸に思い起こすだけで、世界は悪いものではないという希望を持てる。それってすごいことじゃないか。

 

岩井圭也『完全なる白銀』(41)

冬季デナリ単独行に挑んだリタは、下山途中に消息を絶ってしまう。頂上から「完全なる白銀」を見た――という言葉を残して。行方不明となったあと、リタの言動を疑ったマスコミは彼女を「詐称の女王」と書き立てた。旧友である緑里とシーラは、リタが登頂した証を求めるべくデナリに挑むことに…。

たまに読みたくなる山岳ジャンル。気鋭の新進登山家がデナリ単独行の途中で姿を消したことにより、それまでに登頂したとされていた山についても「本当は登頂成功していないんじゃないか」「嘘だったのでは」という見方が広まる。その疑いを晴らすため、友人ふたりがデナリに挑戦。先が気になる設定だし、まあおもしろく読んだはずなんだけど、なにか物足りなかった。もっと骨太でずっしりした、ゴリゴリの山岳ものを読みたいんじゃー!という気持ちになった、と当時のメモに書いてある。抽象的やな。

 

青山文平『本売る日々』(42)

これもとてもよかった。主人公は本屋。本への敬意や、本を読む人への信頼や共感の文章がしみる。

 

青山文平『底惚れ』(43)

『本売る日々』がよかったので同じ作者の別作品を。こっちの主人公は遊女屋。自分の前から姿を消した女を探すため、女が身を寄せていそうな店を渡り歩くうちに、むしろ自分が店を開けばいいんじゃないか、女がぜひともこの店で働きたいと志願してやってくるような店を作ればいいんじゃないかという発想にいたり、それを着実に実行していく。そのブレなさと真っ直ぐさがめちゃくちゃカッコいい。狙いどおりに店が評判を呼び、働き手である遊女からも客からも支持されるようになる過程がおもしろい~。そこが主眼じゃないかもしれんが、お仕事小説として現代にも通じる要素がたくさんある! よく考えよくしゃべる主人公だけど、文章に無駄がなくて、説明も感情もすべてが適量で気持ちいい。しびれた。

 

石田夏穂『黄金比の縁』(44)

前月に読んだ『ケチる貴方』は冷え性と痩身がテーマだったけど、こっちもまたぶっ飛んでる。主人公は人事部で新卒採用を担当する小野。とある個人的な理由から、すぐに退職しそうな会社にとって不利益な新卒を採用しようと計画。そのために「顔のつくりの黄金比」という独自の基準を設け、ただひたすらそれに則って採用の可否を決めるというね、設定のユニークさが唯一無二。テンポや比喩の楽しさおもしろさが相変わらずの石田夏穂さん。ニヤリと笑えるフレーズが多くて愉快だったー。