島本理生さんの小説『あなたの愛人の名前は』を読む。6つの短編がおさめられており、ある恋愛を男女それぞれの視点から描いたものとか、同じ人物が別の話にも登場したりとか、人間関係やエピソードが少しずつ重なり合っている構成がよかった。
「足跡」「あなたは知らない」「俺だけが知らない」…夫とは別の相手と関係を持つとか婚約者がいるけれど別の相手を好きになるとか、そういう設定に対しては、(いくら小説的な事情があるとしても)共感したくない気持ちが強くてあまり楽しくは読めなかった。が、形式的には満たされているように見えても実際には満たされておらず、その空洞をなにかで埋めたくなる衝動、正しいことではないとわかっていながらも抗えない衝動というのは、誰の心の中にもあり得るものだよなーと思ったり。配偶者とか婚約者という対象に限らず、生活とか仕事とかいろんなものごとにおいて。
「蛇猫奇譚」…猫の視点で語られる作品。その前の「足跡」(既婚女性が、治療院と称する施設でお金を払って性的な行いをするっていうね)からのギャップがすごくて、いったいどういう話なの?と戸惑いながらもおもしろく読んだ。産後まもない女性が出てくるんだけど、その気分とか態度が自分のことのようにわかりすぎたよ……。とりあえず猫くんがかわいかった。実際には、猫、苦手だけど。
「氷の夜に」「あなたの愛人の名前は」……全編のなかでこの2つがとくに好きだった。登場人物がみんな不器用なんだけど、前向きで、やさしい愛に満ちているというか。つらいこと、おもしろくないこと、最悪なことがあっても、その先に光があって救いがある、ということを信じられるような読後感。これが小説全体の最後に配置されていたのもよかったな。いい気分で本を閉じることができました。