◆ひとつ前の記事(南極旅行17 ペンギンだらけのパラダイス湾と、チリ基地の郵便局)
ボートでの2度のクルーズを終えて本船に戻り、ひとまず部屋でのんびり。気になるのはこのあと行われるというポーラーブランジ、南極海への飛び込みイベントだ。先に配られているスケジュール表には
「※自由参加! 思い出に、冷たい南極海に飛び込んでみませんか? バスローブを部屋からお持ちください。タオルは用意しています。」
とだけ書かれている。参加条件とか注意事項とか何もなし。「冷たい南極海」って簡単に言うけど、待て待て、冷たいどころの話じゃないよね? ちょっとずつ水温に慣らすとか、そういう準備はあるんだろうか。せーの!で急に飛び込んで、心臓がおかしくなったりしないのか。ていうか、飛び込むってどこから? 高低差ってどれくらいなの。でもまあ、これまでに何度も開催してるってことは、とりあえず死亡事故とかは起こってないってことよね。
私も夫もやるかやらないか非常~~に迷っていた。土産話とか武勇伝としては絶対やっとくべきなんだけど、寒さとか怖さを避けたい気持ちも同じくらい。どうする?どうしようか?……とか言いながら、ふたりしてとりあえず水着を着る。その上にバスローブを羽織り、ゴーグルなど準備。結局、恐怖心よりも好奇心のほうが打ち勝った私たちであった。
参加希望者はロッカールームに集まるよう放送があり、楽しいんだか逃げ出したいんだかわからないテンションで移動。ロッカールームにはすでに行列、聞けば約50名が参加したそう。いつもの船外活動前には万全の防寒&防水装備で集合するこの場所に、今はペラペラの水着一丁(その上にバスローブ)という頼りなさすぎる格好である。
船体の脇には海上のボートに乗るための小さなステップがあるのだが、飛び込みはそこからするとのこと。順番を待つあいだ、吹き込んでくる風のあまりの冷たさに顔も素足も凍りそう。本当にやんのか、こんなことを自分の意志で選んだのか私は!と後悔しそうになる。すでに飛び込みを終えて海から上がった人もいて、みんな「やってやったぜ!」っていう晴れやかな顔をしていて、ああ、早く私もそちら側にいきたい…!と思ったり。
いよいよ自分の順番が近づいてきた。列の前方の人が、腰にロープを巻かれ、スタッフに激励され、ステップを降り、奇声を上げながら海に飛び込んでいく。あああ、あと2人で私の番がきちゃう! もう引き返せない! バスローブを脱ぐように言われて脱いだらば、うおぉぉい、何この尋常でない寒さ、南極の冷えた空気が肌に刺さる! 歯の根がガチガチ鳴りまくってひとつも合わない。もうだめかもしれん。
腰に頑丈なベルトを巻かれ、ステップの最上段に立つ。何かが振り切れてしまい、このときはもう笑うしかなくなっていた。笑ってるあいだにも歯がガチガチいってたと思うけど。スタッフから、「向こうにカメラがあるからポーズをとって。健闘を祈る!」と送り出され、あとはもう、無我夢中。
頑張ったよ、私。
水中に頭までぜんぶ浸かり、冷たい・痛い・しびれる、を同時に味わい、無理無理無理無理!!って思いながら浮上したところをロープで引かれ、再びステップに戻る。ほんの数秒間のことなんだけど、長い時間に感じた。濡れた体がまた寒くて、すぐにスタッフからバスタオルでくるまれる。テーブルに小さなグラスが並べられており「ひとつ飲め」と言われる。中身はウオッカ。冷えた体の温めかたが、豪快! 私はとなりにあったホットココアをいただきました。息を吹き返した感じ。
ちなみに夫は私の次の番だった。カメラを意識して大の字で飛び込んだ私とは対照的に、夫は両手をそっと胸元に添えるというお祈りみたいなポーズだった。あとで聞いたら「体への負担をやわらげるため心臓を手で守った」とのこと。嘘だ……こんなときまで冷静かつ論理的思考で尊敬できるというか、自分ばっかり助かる確率を上げようとしてセコいというか。いずれにせよ面白すぎる、と思ったことよ。
この日の夕食時は、席の近い人と「飛び込みはやった?」という話題でもちきりだった。待っているあいだの寒さと緊張感、水の中の全身の冷たさ、笑うしかない精神状態、どれも二度とは味わえないね。今後、誰かに「南極海への飛び込みはやるべきか」と聞かれたら、「まあ一度はやっておけ」と答えるわ。
次回に続く。