旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。


日本近代化を支えた、長崎発の洋食店。朝井まかて『朝星夜星』感想

 

幕末から維新、明治と激動の時代の外交を料理で支えた男がいた。長崎生まれの料理人・草野丈吉で、店の名は「自由亭」。貧しい農家に生まれた丈吉は、18歳で出島の仲買人に雇われ、ボーイ、洗濯係、コック見習いになる。21歳でオランダ総領事の専属料理人になり、3年後にゆきと結婚。夫婦で日本初の西洋料理店を開く。店には、陸奥宗光、五代友厚、後藤象二郎、岩崎弥太郎といった綺羅星のごとき男たちがやって来る。
明治の世になり、大阪へ移った丈吉は、明治天皇が出席するなど重要な式典で饗応料理を提供するまでになるのだが……。

『朝星夜星』を読んだ。読みは「あさぼしよぼし」。夜明け前から日暮れまで働くことの意味。

いやもう、丈吉の先見性とバイタリティがすさまじい。長崎で洋食屋を開いたあと、大阪に進出してレストランとホテルを開業、京都や神戸にも支店を拡大する。貧しかった少年が、自分の腕で富と名声を獲得していく立志伝としてわくわくする。

それも、儲けることが目的なのではなく、海外からの賓客を迎えたり外国人を居留させる場所を作ることが、大阪の、そして日本の発展につながると考えての行動。日本が外国と渡り合うためには食べるものから理解しなければならない、社交の場としてのレストランが必要だと考え、それを推進していく決断力と実行力。非凡! 政治家ではなく、料理人という立場から政治を動かしていったこんな人物がいたのか…というおもしろさでぐいぐい読んだ。

という物語が、丈吉本人ではなく妻ゆきの視点から語られているのがとてもいい。国の未来や大事業の進展といったスケールの大きな話が動いていくのと同時進行で、ゆきには夫婦として、親としてのやりくりや当たり前の生活の悩みがあって、いろんなレベルでの共感や緊張が手にとるように伝わってくる。経営が軌道に乗ってきたころに丈吉の女遊びが発覚するのだけど、それに対してゆきが自分の主張や悪態をひとりごとで繰り出しはじめる文体がめちゃくちゃおもしろくて。歴史の変革期をレストランというフィルターを通して見る構成と、丈吉に振り回されながらも自分のペースでガシッとついていくゆきのツッコミ文、これがものすごくハマってるなーと思った。

それにしても、生き急ぐような短命の人物が多い。やりたいことを全部やるとばかりにがむしゃらにパワーを吐き出し続け、命あるかぎり動きをとめない彼らの信念の強さ。明治の男たち、アツすぎる。その熱の塊を近くに感じながら時は流れ、ゆきも歳を重ね、自由亭のありかたも変化していく。ラストは少しの涙と笑いがあって、大人の女ならではの粋を感じた。なんとも小気味よい、キレのいい読後感。

読み終えて、大阪の自由亭ホテルがつくられた中之島界隈がとても気になる。ずいぶん前に中之島図書館内にある北欧カフェに行ったのは覚えてるけど、あのあたりをもっとちゃんと歩いてみたい。あと、はじめに長崎で始まった自由亭は今どうなってるんだろうと調べたら、レストラン廃業のあとも改築を重ねて建物は残っており、もとの場所から移築して今はグラバー園に建っているとのこと。なんと! その建物なら入ったことあるし、喫茶室でお茶をしたことも覚えている。(奇しくも、中之島の北欧カフェも長崎の旧自由亭も友人Мちゃんと一緒に。)

朝星夜星

朝星夜星

Amazon