旅と日常のあいだ

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笑いながら落下できればそれでいい。一穂ミチ『パラソルでパラシュート』 感想

一穂ミチ『パラソルでパラシュート』

大阪の一流企業の受付で契約社員として働く柳生美雨は、29歳になると同時に「退職まであと1年」のタイムリミットを迎えた。その記念すべき誕生日、雨の夜に出会ったのは売れないお笑い芸人の矢沢亨。掴みどころのない亨、その相方の弓彦、そして仲間の芸人たちとの交流を通して、退屈だった美雨の人生は、雨上がりの世界のように輝きはじめる。美雨と亨と弓彦の3人は、変てこな恋と友情を育てながら季節は巡り、やがてひとつの嵐が訪れ……。

すごくよかった。不器用な人たちの、まっすぐであるゆえにこじらせている恋や人間関係に、こういう思いってあるよなーと共感。というか、現実に、不器用じゃなく生きてる人なんているんだろうか? 器用そうに見える人でも、たぶん誰もがひとりで泣いたり悩んだり行き詰まったりしていて、だからこういう小説が生まれて、人をいとおしく感じられるのかも。

主人公の職場の後輩、千冬ちゃんがとてもよいキャラ。小説を読んでると、主人公に近い距離の登場人物がめちゃくちゃいいキャラなパターンってあるな。こないだの綿矢りさ『オーラの発表会』もそう。いい後輩や友人が、主人公を意識的あるいは無意識的に引っ張ったり支えたりして影響を与えていくという関係に惹かれる。

主人公は、仕事とか人生ってまあこんなもんかな、別にこれでいいよねと流されて生きてきたわけだけど、この小説はそれを否定するわけではない。そのなかで、自分の気持ちを素直に出せることを全力でやって、それで笑っていられればじゅうぶん幸せじゃん、と思えた。読み終えて、また明日からも気負いすぎずに頑張ろう、って。

あと、恋してる状態っていいなー!と思った。といっても今リアルに新たな恋愛をしたいということではない。未知の相手に興味をもって、探り探りで距離を詰めて、もっと知りたくなったり計算したりという感情や行動の、なんというエネルギー、なんというまぶしさよ。この小説に出てくる人たちの、純粋でひたむきで回り道な感じが、恋の渦中のどうにもならない自意識や自己嫌悪や甘酸っぱさを呼び起こして、胸がどきどきした。

お笑い芸人が登場するのでネタのシーンも多い。コントの設定とかしゃべくりとか、どうやって考えてるんだろ? どれもテンポが良くて本物みたいに(という表現も変か)おもしろいと思った。ぜんぶ作者が考えてるのかな、すごいな。

一穂ミチさん、次作も必ず読む。