『村田エフェンディ滞土録』梨木香歩/角川文庫
土というのはトルコ(土耳古)のこと。明治時代にトルコに留学した村田くんの滞在記、という体裁の小説である。
すばらしく贅沢な読書の時間だった。梨木さんの小説はいいなあ。ため息。
トルコ・イスタンプールの下宿には国籍も宗教も違う仲間が出入りしている。それぞれが背負っている歴史や文化や考え方の違いから意見が対立することもあるが、人と人として結局みんながつながっている。村田君の研究分野は考古学で、たとえばエジプトやギリシャの紀元前の時代の話なんかが出てくるのだが、読者である私は平成にいて、小説の舞台は明治時代で、紀元前というとそこから数千年をさかのぼるわけで。この小説を読んでいると空間や時間を軽々と越えられる感じがする、そして、自分にとってはこれが重要なんだけれど、物語の中で次々と起こるあり得ないようなことが、もしかしたら私たちの現実世界でもどこかで起こっているのかもしれないと思える瞬間がある。
部屋の壁の中に何かが住んでいるとか、人ではないもの(たとえば神様と呼ばれるようなもの)がわりと自然に日常の中に現れるとか、鳥や花が人の気持ちを理解しているらしいとか。同じ作者の「家守綺譚」にもそういう場面はたくさんあって、これも心底大好きな作品なのだが、そんなことを思いながら読んでいたらまさにこの「家守綺譚」に関わる仕掛けが出てきて、いやーびっくりした。うれしすぎた。梨木さんの作品が好きでこれを読んだ人は100人中100人全員が息をのんだことであろう。
村田君の身辺には第一次世界大戦のはじまりとともに暗い影がかかるのだが、ラストシーンには感動が待っていて、もう瞬間的に目の奥が熱くなって涙が出たわ。梨木作品はやっぱりすごい、すごすぎる。読み終えて、どの登場人物もどのエピソードもやさしくて愛おしいかけがえのないものに感じられた。こういう気持ちを抱かせてくれることが、小説を読む楽しみだなあとしみじみ思った。
現時点で、梨木さんの小説で特に好きなのは次の3作。
・村田エフェンディ滞土録
・家守綺譚
・f植物園の巣穴(感想記事は下記です▼)