このところ吉田修一の小説を何冊か続けて読んだ。読みながらふと手をとめて自分自身に思いをめぐらせることがたくさんあった。それこそ、小説を読むことの面白さだという気がする。
図書館で借りられるすべてを読みきって、最後に残しておいたのは芥川賞受賞作でもある『パークライフ』。五年前に初めて読んだ吉田修一の小説がこれだった。面白かった記憶はあるけれど何がどう面白かったのかは記憶になくて、再読を楽しみにしていたのだった。
で、読み返してみて思い出した。そうだ、この物語は非常に平坦で取るに足らないような日常が舞台なのだった。特別な事件が起こるわけでも意外な結末があるわけでもなくて、だから具体的な断片が記憶になかったのかも。でも全体の印象としては、前回以上にいいなと思った。
いちばん好きなシーン。主人公が公園のベンチに座り、目の前に見ている景色から次々と記憶を連鎖させて深い夢想にふけるところ(その長ったらしい描写)。
作中にはスターバックスのカフェモカが要素のひとつとして登場するのだが、私はこの場面を、タリーズのソファーにもたれてカフェモカを飲みながら読んだ。そうだ、この部分が衝撃的で、好きなんだった。
私はカフェモカを飲みながら、ガラス越しの喫煙室にゆらゆらのぼる煙草の煙を見、煙の向こうにある街路の並木を見た。ぼんやりと。でも私の意識はほんとうは、今ここにないものを見ているのだなあと考えた。私だけじゃなくて誰もかれもが、他人からは見えないものを見ている。主人公と同じように。読み終えたとき、何かひとつ膜がはがれていくような少し軽やかな気持ちになった。