1989年生まれの中園孔二という画家がいる(いた)。つい先日読んだ高橋源一郎のエッセイで言及されていて初めて知った。その数ページの文章で、中園さんという存在の独特さ奇妙さ天才性にすっかり心奪われ、紹介されていた評伝をすぐに手に取った。村岡俊也 著『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』。
読み終えて、こんなにも純粋かつ型破りな人がいるのかという驚きとともに、今後もう新たな作品が生まれないこと、彼の人生を追いかけることがかなわないことの喪失感に呆然とした。中園さんは、事故のため2015年に25歳で亡くなっている。
高校までバスケひとすじだった中園さんは、高校二年生のときに突然「絵を描きたい」と言って自宅の壁に描き始め、現役で東京藝大に合格。他の学生が圧倒される量とスピードとクオリティ作品を作り続け、卒業制作展では教授に「天才がいる」と言わしめた。奈良美智や村上隆をプロデュースするギャラリーオーナーに見出され、卒業後に初個展を開催、アートシーンに躍り出る。作品は東京都現代美術館や神奈川県立近代美術館に所蔵され評価は高まるばかり。多彩な画材や技法を試しており、同業者が見ても「どうやって描いたのかわからない」という。
本書は、家族や友人、教授など親交のあった人たちへのインタビューや回想、中園さん本人が残した150冊ものノートをもとに丁寧にまとめられている。読んでいると本人の葛藤が伝わってきて、でも周りの人に対してそれを感じさせない軽やかさや明るさがあって、そのことがかえって陰を強めている部分もある。
作品に関しても生き方も、耐久性や慎重さは二の次。今このときの気持ちや感覚を最優先する傾向があって、立入禁止のビルやトンネルに侵入したり、夜の森をさまよい歩いたり、海外で野宿を繰り返したり。その危なっかしさにハラハラしつつ、そうせずにいられない彼の在り方にある種のピュアさを感じて、どうか穏やかで幸せな心持ちであってほしいと祈るような気持ちで読んだ。若くして亡くなることを知っているからこそ、なおさら。
中園さんはわずか9年間で600点もの作品をのこした。掲載されている絵からは、奇妙な明るさと怖さが同居しているような印象を受ける。描かれているものは、こんなの見たことないとも思えるし、どこかで見知っているような気もしてくる。価値の良し悪しはわからないけれども、なにか強烈に惹かれるものがあって目が離せなくなる。ぜひ直に見てみたいと思って調べてみたら、近い所では金沢21世紀美術館に何点か収蔵されていて、今年の春にまとまった展示会があったらしい。次のチャンスを逃さぬようチェックしておかないと。
中園さんをとりまく人々の語り口がよくて、というのはつまり、それを引き出して文章として構成している著者の筆致がよいということでもある。出会えてよかった一冊。
▼著者の村岡俊也さんが中園さんについて書いた文章が読める。作品画像も多数。

