旅と日常のあいだ

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小川哲『地図と拳』感想

 

「君は満洲という白紙の地図に、夢を書きこむ」
日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を探し、海を渡った須野……。奉天の東にある〈李家鎮〉へと呼び寄せられた男たち。
日露戦争前夜から第2次大戦までの半世紀、満洲の名もない都市で繰り広げられる知略と殺戮。日本SF界の新星が放つ、歴史×空想小説。

『地図と拳』を読んだ。文句なしの大傑作。読んでいる最中にちょうど直木賞受賞というタイミングだった。600ページ以上、厚さ5センチという物理的な大きさにひるんだのは最初だけ。後半は特にストリーがぐいぐい展開してとまらない。読んでる数日間ずっと心が引き込まれっぱなしで、今も意識の一部が満州に残っている気がする。

描かれているのは、ある架空の都市の誕生から破滅までの50年間。芯が太くて時間的な厚みがある大スケールの歴史を、どこかの遠いできごとではなく身近でリアルなものだと感じながら俯瞰する体験。味わったことのない種類の感覚だった。

主要キャラだけでも数十人という多さだが、それぞれ個性や信念や特異性が際立っていておもしろい。はじめ、すぐに消えるへなちょこの脇役かと思ってた細川の活躍ぶりがすごすぎて。ひとり恐ろしいクールさで未来を見ていて、そのために必要なことをなりふり構わず実行する力の持ち主。50年にわたる群像劇において登場人物や視点がどんどん入れ替わる中で細川は一貫して登場し、行動や言動で多くの人物に影響を与えていく。

それから、道具を使わなくても気温や湿度や時間をぴたりと言い当てることができる明男。彼の「建築とは、時間です」という言葉が印象的。きっつい鍛錬によって不死身の肉体を手に入れた孫悟空(もちろん偽名)と、その娘。

古い地図に描かれた実在しない島について調べる須野。これにまつわる謎が、最後の最後で明らかになったことに驚いた。謎のままでも気にせず読んでいたのだけど、まさかきちんと回収されるとは。しかも、その明かされ方と情景描写が素晴らしい。そこに至るまでに登場人物がどれだけの膨大な熱意と作業量を費やしたのかと思うと、なんとも果てしない壮大な気持ちになる。すべてを破壊する戦争の虚しさ、地図を作成することの意味、都市が消えても残された地図が後世に語りかけてくる事実。そんなことがしみじみと、かつ鮮明に胸を満たした。

歴史とSF、現実と空想の型破りな融合。これを自分の頭の中で生み出せる小川さんの能力が凄まじいし、作品というかたちでそこに触れられることの嬉しさ。

▼小川哲さんのこのへんも読みたい。

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