旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。


柚月裕子『盤上の向日葵』感想

盤上の向日葵 柚月裕子

実業界の寵児で天才棋士――。 男は果たして殺人犯なのか! ?

さいたま市天木山山中で発見された白骨死体。唯一残された手がかりは初代菊水月作の名駒のみ。それから4ヶ月、叩き上げ刑事・石破と、かつて将棋を志した若手刑事・佐野は真冬の天童市に降り立つ。向かう先は、世紀の一戦が行われようとしている竜昇戦会場。果たしてその先で二人が目撃したものとは! ?

おもしろかった。夢中になって一気に読了。

読み終えていろいろな感想を持ったけれど、まず言いたいのは、クセがありすぎて、まったく品がなくて、人間として嫌な方向に芯の熱い、そういう中年男性を描くのがうまい!!ってこと。キャラが濃すぎて作中人物としても読者としても好きになれず、読んでてしんどい人物が複数出てくるんだけど、ものすごい吸引力がある。

物語は、ある天才棋士たちのタイトル戦、その棋士の知られざる過去、そして刑事二人が事件を追うパートで構成されている。謎解きターンは真相が気になってぐいぐい読ませて、気づいたら数十ページがあっという間のスピード感。臨場感や息をつかせぬ展開にのめりこんだ。

一方、棋士の過去パートはなんとも胸が苦しくなった。いろいろな小説を読んで思うことだけど、子どもが育つ環境や教育の大切さについて考え込んでしまう。子に対する親の影響力と、子はそれを選べないということ。棋士の過去、そして事件の真相を知った上での終盤は、破滅の匂いしかしなくてやるせない。いよいよ追い詰められたラスト数行の行動は……。当人が選んだこととはいえ、こうするほかに道はなかったのかな。報われるべき人が当たり前に報われる世界であってほしいと思う。

(私見だけど、過去の呪縛の種明かしは、内容に嫌悪感。それに、それまでのじっくり読ませる書き方から、急に駆け足になって終わらせたようにも思った)

希望を付け足すなら、刑事の一人であり将棋の世界で挫折した過去を持つ佐野は、その点をもっと深入りして書いてほしかったなあ。

しかし全体的にはとても充実した読書時間で、読んでよかった。柚月裕子さん、初読み。こういう壮大で胸を打つ系の人間ドラマ(っていうの?)をもっと読みたくなって、今は同著者の『検事の本懐』を手に取っているところ。