とても独特で型破りなスタイルの推理小説だった。
氷沼家で起こる密室の連続死に対して、登場人物たちが推理合戦を繰り広げる。全編をとおして、ひたすら互いに推理の披露。その内容には歴史風俗や植物学やシャンソンなど多岐にわたる知識が散りばめられ、とにかく情報量が濃い。次から次へ展開される圧倒的なボリュームの推理に翻弄され、もはや事件の真相なんてどうでもよくなるくらい。
どの密室事件もはっきりとは解決されないまま物語は終盤へ。どうやって落ちをつけるのかと思ったら、足元から見事にひっくり返された。鮮やか!というよりは、戸惑い大きめ。こんなやり方があるの、これをやっていいの?! 作者と作品が、ページに夢中になってる読者に急に指先を突きつけてくる衝撃と緊張感よ。
トリックがどうとか犯人がどうとかを超え、ミステリーというジャンルや読者の思い込みを壊して飛び越えてくる作品だった。そのことは文庫版後ろカバーの紹介文にも明言されてるんだけど、いやあ、読み終えるまで、そういうことだとは気づかなかった。
最後まで読んでも謎解きの爽快感はない。それよりさらに大きな舞台で、気づかぬうちに作者の術中にはめられていた感じ。事実と虚構の境目がさっぱりわからなくなる。すごいものを読んだな…という思いだ。個人的には、全体に漂う薄暗くて耽美っぽいテイスト、切なさやむなしさの描かれ方も好き。
『虚無への供物』は日本の探偵小説三大奇書のひとつとされていて、あとのふたつは『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』。どれも読む人を選びそうだけど、いつかじっくり味わってみたい。