旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。


伊吹有喜『雲を紡ぐ』

伊吹有喜さん『雲を紡ぐ』を読んだ。夫が図書館で借りていたものを横取りして先に読了。

主人公は東京に暮らす不登校中の女子高校生。母は職場の悩みを抱え、父は家に居場所がないと感じており、家族の心はバラバラな状況。そんななか、主人公は岩手にある祖父の工房を目指して家出する。祖父は手織りの毛織物「ホームスパン」の職人。祖父やその周囲の人に教わりながら自分だけの色をもつショールの製作に取り組むなかで、家族の関係が再生されていくというお話。

物語のすじは好きだった。岩手の自然風景や、実在すると思われる街並みや喫茶店の描写も。ただ、主人公の性格がどうにもネガティブなので読みながら若干イライラしてしまった。そういうキャラ設定だということはわかるのだけど、これでもかというほど自己肯定感が低くてしんどくなる。その演出として、会話文の語尾に「……」が多いのも、ああー、まどろっこしいなー!ってなった。

あと、母が主人公(の心)を痛めつけるシーンで言うセリフがひどすぎて引いた。あんたのことなんて嫌いだと告げる場面なのでひどくて結構なのだけど、自分だったら一生立ち直れないし絶対にゆるさないと思うセリフ。物語として必要だったとは思うけど、むしろ、そんなことを口にする妻と家族関係を再構築していこうなんてよく思ったね、と夫に言いたくなった。再生への心の動きが甘すぎませんか?って。

という勝手な文句はありながら、それらを上回って、なんといっても祖父のキャラクターがかっこいい。職人で、文化人で、趣味人で、ものの選び方や審美眼や生活様式にぶれない美意識を貫いている人。海外の児童文学に詳しかったり、鉱物や民藝品を収集してるところも素敵だ。読者の理解を助けようとする作者の意図なのか、たまにセリフが妙に説明文くさくなるところはアレだけれども。

雲を紡ぐ (文春e-book)

雲を紡ぐ (文春e-book)

  • 作者:伊吹 有喜
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: Kindle版
 

そうそう、海外の児童文学といえば、作中でなかなかの重要アイテムとして出てくる『イギリスのお話はおいしい。』というレシピブックがある。イギリス文学に登場する食べ物を再現したレシピがのっているという本なのだけど、この本は実在する。私の実家にもあって、しかも好きでよく眺めていた。なので、タイトルを見た瞬間に記憶が呼び起こされて表紙デザインとか中に載ってるケーキの写真とかをぶわーっと思い出すことができたのは、物語を楽しむうえでひとつラッキーだったかも。