小川洋子さんの小説『小箱』を読んだ。なんてすばらしい。今年読んだ本の中でいちばん好きかも。
どことはわからないどこかの街で、元幼稚園だった建物に暮らす女性。彼女は講堂に並べられたガラスの箱の番人で、その箱は、死んだ子どもたちの未来を保存するためのもの。どうしてそんなことになったのかは説明されないけれど、この世界においてはそういうものなのだな、そんな人物やエピソードがたくさん出てくる。私の知っている常識や日常とは少し(ときにだいぶ)違うけれど、この物語においては「そういうもの」なのだ。小川さんの小説で描かれるこの独特の世界観が本当に好き。静かで、異様で、やさしくて切ない世界だ。
主人公の従姉は、息子を亡くして以来、息子が通ったことのある道以外は決して通らないというルールを自分に課している。そして、本を読むときは死んだ作家のものしか読まない。また別のある女性は、恋人に贈るセーターに自分の指紋の模様を編み込んでいる。反対に、自分が着るセーターには恋人の指紋を編み込んである。どの瞬間も、彼の手に触れられている気分になれるように。その恋人は普通に言葉を発することができず、歌でしか会話をしない(美声のバリトン)。また別の元歯科医の男性は、かつて歯の治療を行っていたドリルで歯ではなく木片を削り、耳にぶら下げるくらいの小さな小さな竪琴を作っている。その竪琴に弦を張るのは元美容師の女性で、弦に使われるのは子どもたちの遺髪なのだった。
こんなような、ちょっと不思議で奇妙な登場人物たちに共通しているのは、死んだ子ども(それが自分の子であれ人の子であれ)をそれぞれの方法で慈しみ、悼んでいるということ。やり方は奇妙だけれど自分にできる方法で、切実に、誠実に、子どもたちを愛し続けているということに胸があたたかくなるというか、締め付けられるというか。小川さんの、今はもうここにいない小さい子どもたちの描写がまたよくて、無邪気で奔放で頼りなくてかぼそい存在に、それだけで胸がきゅっとなった。
夏に読んだ『原稿零枚日記』もすごくよくて小川作品はいいなあと思ったけれど、今回もまさに。これこそ読書の喜び。ここにないどこかのことを本当のことのように思い浮かべさせて、気持ちを静かに波立たせたり落ちつけたりさせてくれること。おすすめです。
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