旅と日常のあいだ

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8人に1人が貧困状態、でも働かない・働けない? 『貧困専業主婦』

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タイトルのインパクトにひかれて読んだ『貧困専業主婦』(周燕飛/新潮社)。

ここに示されたデータによると、経済的に苦しい状況にありながら働かないことを選択している女性は少なくなく、専業主婦の8人に1人が貧困状態にあるという。衝撃的。しかし、彼女たちの多くは「自分は幸福である」と感じているという。貧困や幸福の尺度は人によって当然違うけれど、本書においては一定基準で貧困ラインや幸福度を数値化して話を進めている。「貧しいとか幸せとか、そんなの他人がどうこういうことじゃないよ、大きなお世話だよ」となんて言っていたら話はそこで終わってしまう。そうではなく、客観的な視点から全体を見て問題提起していくことに意義があると思った。

出産を機に専業主婦になる女性には、病気や介護など働きたくても働けない理由をもつ「不本意型」と、収入と給料のつりあいがとれないから働かない、専業主婦でいるほうが子どものためになるから働かないといった「自己都合型」に分けられるというのが著者の見方。この自己都合型というのが問題というかもったいないところで、働きに出さえすればごく安い料金で利用できる認可保育所があることを知らなかったり、乳児のうちから保育園に入れるのはかわいそうだと決めつけていたり。実は、知識や経験や意識の持ちようで解消できるケースもあるのだという。これはよくわかるなー、たとえば「1歳児を保育園に預けて仕事をする」という選択肢。自身がその年齢から保育園に通っていた人にとっては何の疑問もないことだろうけど、専業主婦の母親に育てられて3歳までずっと自宅で過ごしていた人にとっては特別なことだと捉えられるだろうしね。

ずっと仕事をしてきた人がそのキャリアをスパッと断って専業主婦になるというのは、将来的・生涯的な収入面を考えたら単純にマイナスでしかないのに、そんなの普通に考えて自明のはずなのに、仕事をやめる人がいる。そこには「仕事のプレッシャーやストレスから解放される」というプラスに見える要素もあるけれどそれは一時的なこと。将来の高収入と高い消費水準か、現在の身体的・精神的負担減か、長い目でみれば前者を選ぶのが普通だけど……。

古典派経済学においては、人は合理的な意思決定により賢い選択をするものだと仮定されているそうだ。でも、現実の人間が常に合理的で賢い選択を行うとは限らない。えっ、そうなの?なんで?って思ったけど、賢くない選択の例として著者が挙げた例をみて納得。たとえば、健康に害があると知りながらもタバコを吸い続ける人、高脂肪・高カロリーの食品をとる人。うっ、甘いものや生クリームやバターがやめられない私には耳が痛い。賢くないとわかっていてもその選択をしてしまう人、はーい、ここにいます! ていうか私も、会社員をやめて一時的に無職になり(遠方への引っ越しというやむを得ない理由であったが)、まったくの別職種に就いて収入が下がった状態。専業主婦ではないしこの本でいうところの貧困世帯でもないが、これからの働き方とか生涯収入とかはすごく気になる、重要なテーマだと思っている。

専業主婦がいいとかだめとか、幸せは人それぞれだからほっといてという話ではない。どちらにせよ「貧困」ではないほうがいい。注目すべきは、どこを見ても労働力不足のいま、専業主婦たちの中に能力のある人がたくさん埋もれている可能性があること、「私は専業主婦であるしかない」と思っている人たちにもそうではない選択肢や活路があり得ること。著者からは、行政や社会がとるべき具体策も提案されている。

これを読んで、なんだか自分の選択肢も広がったような思い。とりあえず、目前の損得勘定&思い込みだけで行動しないよう気をつけようと思った。何事においても。と書きつつも、高カロリーのおやつは、やめ……られそうにない。ゆるして。

貧困専業主婦 (新潮選書)

貧困専業主婦 (新潮選書)