小川洋子さんの『原稿零枚日記』を読む。エッセイや日記ではなく、日記調で書かれた小説。書き手は女性作家で、特技は他人の作品のあらすじをまとめること。その技術は天才的なのに自身の原稿はいっこうに進む気配がなく、日記の文末に書き記している原稿の進み具合のメモはだいたいいつも(原稿零枚)。来る日も来る日も、原稿零枚。
という話が何の説明もなく始まる。日記の初日は取材旅行に出かけた際のエピソードがつづられるのだが、これがこの一冊を象徴するような不可思議さ。普通の日常のことを書いているようだけど、あれっ、なんか変。でもそういうこともあるのかな……?と読み進め、いやいや、これは奇妙だなと気づく。その奇妙さ・妖しさの加減、現実と妄想の境界線が入り混じる具合が絶妙。そして、日記の書き手である「私」としては普通にやっていることなのに、途中でどうしても異様な部分があらわれてきて、どこか狂気と不穏をはらんだ展開になっていくところが読んでいてどきどき・ゾクゾクした。
昔住んでいた家の間取りを書こうとすると、部屋や廊下が際限なく伸びてつながってしまい紙がいくらあっても足りなくなる。立食パーティーに出かければ、招待されていないのに勝手にもぐりこんで食事をしまくる「パーティー荒らし」を見つけてしまう。現代アートを巡るツアーで、参加者がひとりずつ消えていなくなってしまう。どのエピソードもそれぞれ独特でおもしろいし、ひとつずつが細切れに完結するだけでなく少しずつ関係しあっているところもおもしろかった。ユーモアのセンスもいい! たいへんに上から目線な感想を言うと「小川洋子、うまいなあ~」と。世界観にすっかり魅了されながら読み終えて、いい話だったし、すばらしい読書の時間だったなと思った。
帯に「小川洋子ワールド」と書かれているけれど、まさに。登場人物に対して愛おしさと哀しみを覚えるこの感じ、小川洋子さんの『ことり』を思い出したよ。小川さんの小説をもっと読みたくなった。