角幡唯介さんの『極夜行前』を読了。
太陽が昇らない極夜の北極を4ヶ月間かけて歩いたノンフィクション『極夜行』の、計画の経緯や準備の様子を描いた探検記。北極というほとんど未知の場所、しかも暗闇の中を4ヶ月間も歩き続けるというのだから未知も未知、どんな風景なのか何が起こるのか、先駆者がなくノウハウもゼロ。その中で角幡さんがどう考えどう行動するのかを一緒に体験できるのが、読書のよいところ(しかもこちらは安全でぬくぬくした家の中でね)。
本番の旅で必要な食料や燃料は前年のうちにデポ(あらかじめ想定ルート上に設置しておくこと)するのだけど、そこからして本番以上にスリリングというか破天荒というか想像の範囲を超えている。判断と行動のひとつひとつがリアルに生死に直結するシビアな世界。読んでるこっちは角幡さんが生きて帰ってきたことを知ってるわけだけど、それにしてもヒヤヒヤするわ。
村で道具をそろえる、出発前にソリを修理する、鳥や魚を狩って保存食を作るというエピソードも興味深いが、読んでいておもしろいのはやはりフィールドに出てから。重たいソリを引いて氷の上を進んでいたら足元がゆるみ、実はそこは陸地ではなく不安定に凍った海の上だった、とか(落ちたら死ぬ)。これまた重い荷物を乗せてカヤックを漕いでいたら巨大なセイウチと遭遇してパドルで必死に応戦したとか(転覆したら死ぬ)。
そんなこんなで数年にわたる計画と準備を経ていよいよ本番旅が目前というとき、当地の警察から連絡があって旅の実行に暗雲が。さらに、苦労に苦労を重ねて運んでおいたデポに危機が!というところで『極夜行前』は終わる。本番旅を書いた『極夜行』はすでに読んでいるのだが、あの荷物ってどうなったんだっけ?とか、細部が気になって再読したくなっている。
ただ、旅の相棒である犬に対して、怒りにまかせて蹴ったり殴ったりしたという記述はつらかった。当地と日本では犬に対する考えも態度もまったく違うし、可愛いだけでは犬も人も死んでしまう厳しい現実であることも説明されている。が、読んでいて単純につらいし気持ちのいいものではなかったなあ。そのことで作品全体の評価を下げる意図ではないけれども、私個人の感想として。