旅と日常のあいだ

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冲方丁『天地明察』感想。江戸時代の改暦プロジェクトに胸が熱くなる

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冲方丁『天地明察』

江戸時代に、それまで800年にわたって使われてきた中国由来の暦を改め日本独自の暦を作ろうとした学者・渋川春海(=安井算哲)の物語。春海は職業としての碁打ちであり、かつ数学、天文学、暦学に通じた人物。まだまだ精密な望遠鏡とかコンピューターなどない時代に、観察と計算で日蝕時刻を予測するとか北極星の位置をぴたりと言い当てるとか、そんなことをしていた人がいるとは……!という驚きがまずひとつ。

改暦をめぐっての幕府と朝廷の思惑あれこれも物語としておもしろい。これまでずっと、暦というのは帝側の管理下にあった。が、不動不変かと思われていた暦がここ数年どうも現実とずれている。蝕が起こるはずの日に起こらず、予測されていなかった日に起きる。これはおかしい。武家側である春海は幕府の命を受けて改暦事業に着手するのだが、それはすなわち武家が天のことわりに触れることでもある。歴史がはじまって以来初めてのどえらいことなのだ。「改暦しましょう」「はいどうぞ」ってわけにはいかない政治的な事情があって、そこをクリアするための駆け引きも見どころ。

春海をとりまく人物たちも魅力的。なかでも、春海より一歩も二歩も先を行く数学の天才でありながら、姿を見せることなく問題提起と回答によって春海を刺激し導いてくれる算術者・関孝和に私は心奪われたね。数学のどんな難問も、ひと目見てその場でパッと正解を出して去っていくというクールさよ。機会があるならば我が子を孝和と名付けたい、それくらい気になるキャラだった。

春海自身も、数学&天文バカというか一途で実直というか、学者としてはものすごい人なのに、妻にはやられっぱなしだったり、うるさ可愛い後輩から逃げ切れなかったり、かわいい一面をもった愛すべき人物。本の最初から最後まで、ストーリー展開も人物描写も「いいなあ」と思いながら、楽しく興味深く読み終えた。それ以降、夜空の星を見上げては「これを江戸時代の彼らも眺めていたのか」と思いを馳せたくなる一冊でした。 

天地明察(上) (角川文庫)

天地明察(上) (角川文庫)