スタバにて、隣席のカップルがいわゆる<当たりレシート>を入手したらしく(ドリンク1杯、カスタマイズも含めて何でも無料になる魔法のチケット)、「これを使って今から何を頼もうか」という楽しげな議論をしていた。スマートフォンでメニューを調べながら。いいなー!
「1番大きいのにしよう。グランデより大きいの、何だっけ」
「ヴェンティ。1番高いドリンクはコーヒージェリーフラペチーノだって」
「じゃあそれで。カスタマイズはどうする?」
「エスプレッソ追加がおすすめみたい」
「おお、良さそう。いってみよう」
「コーヒージェリーのヴェンティサイズにエスプレッソ追加ね。注文してくるー!」
嗚呼。席を立ち、うきうきとカウンターに向かう彼女の背中を見送りながら、私は心の中でつぶやいていた。お嬢さんや、残念じゃのう、当たりレシートでヴェンティは注文できないのじゃ。 サイズはトールまでと決められておる。注意書きに書いてあるからしっかり読みたまえ。それから、カスタマイズは一種類だけとは限らない。エスプレッソショットのほかに、クリームやソースやシロップも追加できるぞよ。いいのかね? 本当にエスプレッソだけでいいのかね? それなら無料チケットを使うまでもなく、自腹で買えばよくないか?(ショット追加は+50円) そんなに小さくまとまってないで、もっとこう、当たりレシート利用という祝祭感、お得感を出したまえよ!
という心の声がが届くはずもなく。しばらくして、彼女が戻ってきた。「トールサイズになっちゃった。なんか普通」とか言いながら。ほーら、言わんこっちゃない。
見た目、ごく普通のコーヒージェリーフラペチーノ。「普通の」っていうのはつまり、私が当たりレシートを入手したときのような「トッピングはできるだけてんこ盛りに盛りまくる」 という気概がまったく見られない、という意味である。し・か・し! その普通フラペチーノを飲む二人は実に楽しそうなのだった。ひとつを二人で分け合って、「エスプレッソ多めが合う!」「おいしいねー」とか言って。おいおい、ホイップ増量もソース追加もないのに、なに満足そうな顔してんのよ。
かくいう私が飲んでいたのは抹茶フラペチーノ+抹茶パウダー多め+ホイップクリーム多め、それとチョコレートケーキ。美味しいんだわこのチョコレートケーキ。チョコレートクリームの、この上ない密度とねっとり感。で、これらを食べながら野村萬斎が書いた『狂言サイボーグ』という本を読んでいた。ところどころに写真が載っている。萬斎氏の目元のアップとか(伏し目がち)。萬斎氏の喉仏のアップとか(主張しがち)。ねっとりしたチョコレートを味わいながら喉仏の写真を眺めるというのは、何やら後ろめたいような淫靡な感じがあるものなのね。知ってた?
ああ、絶対に隣のカップルには気づかれたくない。文庫に指を挟んだこのページに萬斎氏の喉仏が隠されているなんて見破られたくない。当たりレシートが出たっていうのに、ちょっとエスプレッソを足したくらいで喜んでる君らにはわかるまい! 「わかるまい!」って、一体何を?って感じだけど。しかしまあ、はっきり言って羨ましいよね、いろいろとね。せめて、そろそろ私にも出よ、当たりレシートよ!